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【3秒カクテル】⑩
しおりを挟む桐野さんの言葉が、私には信じられなかった。バーテンダーがリクエストされたカクテルを拒否するなんて、絶対にあってはならない。素人にだって、わかることだ。
「どうして、高森先生にあんな失礼なことを言ったのですか?」
お店に戻ると、私は桐野さんを問い詰めた。
「納得できるように説明して下さい。どうして、桐野さんは【3秒カクテル】を作らなかったんですか?」
桐野さんは少しも悪びれず、私を真っ直ぐ見つめて言った。
「目の前のお客様のために、全身全霊で作る一杯。それが僕の矜持だからです」
ますます、意味がわからない。
「高森先生だって、お客様じゃないですか。私が御招待して、わざわざ足を運んでいただいた、とても大事なお客様ですよ」
確かに、上から目線で、不愉快なことをいっぱい言われたけれど。
「あの方が【3秒カクテル】を味わうことは難しいでしょう。いえ、間違いなく味わえません。おそらく、その実態や意味すら理解できないと思います」
「言っていることが全然わかりません。桐野さん、どういう意味ですか?」
「ミノリさんが、【銀時計】の復活をアピールしたい気持ちは、よくわかります。でも、考え違いをなさらないでください。高森様の発言力を借りて、メディアの力で大勢のお客様が来たとしても、それは一過性の出来事にすぎません」
それは、そうかもしれないけど、私だって、一生懸命考えてやっているのに。
それより高森先生を敵にまわしたら、【銀時計】なんか簡単に潰されるかも。
いや、それ以前に、高森先生の御招待に口添えしてくれた、洋子先輩に申し訳が立たない。
桐野さんは、ぴしゃりと言った。
「【銀時計】のためを考えるなら、焦らず地道に、良質な客筋を育てるべきです」
子供扱いされてもいい。私は問い詰めずにはいられなかった。
「桐野さんは質問に答えていません。前にも言いましたが、私は祖父の〈お客様第一主義〉を引き継ぐつもりです。桐野さんは確か、自分は雪村隆一郎ではないので、雪村の方法を踏襲するつもりはない、と言いましたね。それが、さっきの高森先生への振る舞いなんですか?」
「ちがいます。ミノリさんは全然わかっていない」
「ちがうのなら、納得できるように、キチンと説明してください」
でも、桐野さんは黙って、首を横に振るばかりだった。
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