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【3秒カクテル】⑨
しおりを挟む桐野さんの考えた【3秒カクテル】とは、どんなものだったのか。
ぜひ、見てみたい。味わってみたい。私の好奇心がムクムクと起き上がる。
高森先生のリクエストは意表をついたものだったけど、それに対する桐野さんの応えはさらに想像を絶していた。
「誠に申し訳ありませんが、高森様には【3秒カクテル】はお作りできません」
高名な料理評論家に対して、はっきり言い切ったのだ。私は自分の耳を疑い、聞き間違いではないとわかると、絶句した。信じられない。何て失礼なことを……。
店内の空気が凍りついていた。沈黙を破ったのは高森先生だった。
「ふふっ、私には作れない、か。それは、もしかすると、君は【3秒カクテル】ぐらい簡単に作れるのだが、この私には出せない、出すには値しない人物である、そういう意味かね?」
「説明がとても難しいのですが、【3秒カクテル】が本当に必要な方、心から求めているためにその実態を理解できる方が、確かにおられます。ただ、残念ながら、そうした方はほんの一握りなのです」
「なるほど、この私にはとうてい理解できまいと、桐野くんはそう言いたいわけだ」
高森先生は笑いながら、私の方を振り向いた。
「ミノリ君は招待状の中で、〈伝説のバーテンダー・雪村隆一郎に匹敵する天才を見つけた〉と書いていたが、それは一体、どこの誰のことだね」
鏡を見なくても、顔が青ざめたことがわかった。
「あ、あの、申し訳ございません、高森先生」動揺で声が震えてしまった。
「ミノリくん、君があやまる必要はないよ。ただ、言葉というものは正確に使うべきだね。桐野くん程度の腕ならば業界にゴマンといる。〈最高のカクテル〉とか〈天才〉といった言葉は、安易に使わないことだ」
高森先生はスツールから飛び降りた。
「失礼するよ。わざわざ足を運んだのだが、どうやら時間の無駄だったようだ」
「桐野さん、お引きとめを……」
でも、バーテンダーは黙って、首を横に振るばかりだった。
私は高森先生を追いかけて、思いつく限りのお詫びの言葉を並べたけれど、先生は振り向きもせず無言で帰っていった。
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