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【3秒カクテル】⑥
しおりを挟む桐野さんなくして、【銀時計】の復活はありえなかった。私は桐野黎児というバーテンダーを心から信頼している。彼を選んだ自分の眼と彼のカクテルを味わった舌を信じている。
そのせいか、普段なら決して口にしない言葉が、口からあふれ出てしまう。
「高森先生、桐野のカクテルを味わってから、ハッタリであったかどうか、どうぞお聞かせください」
胸の鼓動が早鐘のようだけど、きっぱり言い切った。
「ほぉ、大した自信だね。了解した。桐野くんの腕がどれほどのものか、じっくり拝見するとしよう」
高森先生はニヤニヤしながら、桐野さんを見上げる。
「どうか、期待を裏切らないでくれたまえよ」
桐野さんは会釈をして、愛用のシェーカーを取り出した。
銀色に光るシェーカーのボディに、ドライ・ジンとオレンジジュースを注ぎ、面取りをした氷を入れる。次いで、ストレーナーとトップをはめ、ボディに蓋をすると、シェークに入る。
シェークとは、複数の素材を入れたシェーカーを振って、よく混ぜること。素材の角やアルコールの強さを和らげるための手法だ。一般的には、「く」の字を繰り返し描くように振る。
桐野さんの場合は、手首のスナップを利かせて、大きく激しく振る。いわゆる、ハード・シェーキングだ。時折り、ひねりを加えて、シェーカーの中味に回転を与えている。
私は横目で、高森先生の表情を盗み見る。桐野さんを眺める眼は冷ややかだった。嘲笑を浮かべた口元は、今にも「見掛け倒しだ」と言いたげである。
心の中で、桐野さんに手を合わせる。お願い、桐野さん、高森先生に、あなたの腕前を見せつけて。最高のカクテルで、あっと言わせてみせて。
ハード・シェーキングは唐突に終わった。シェーカーの中味が金色の糸のように、カクテルグラスに注がれる。
バーテンダーの創造した色と輝きは、最後の一滴が落ちると完成する。
私はこの瞬間が、大好きだ。桐野さんは無駄のないしなやかな動きで、高森先生の前にカクテルグラスを滑らせた。
「特製のオレンジ・ブロッサムです」
カクテルグラスの中味は、キラキラと黄金の輝きを放っている。
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