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【龍馬カクテル】Ⅱ⑩

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 リオナさんは噴き出した。
「いかにも、父さんが言いそうなことだよね。思わせぶりで、大袈裟で、誰かの借り物みたいな言葉。尊大でカッコつけている感じが父さんそっくり」

 リオナさんは辛辣しんらつだった。
「本人は娘を導く父親を演じているつもりでも、言えば言うほど中身の空っぽさが際立ってくる。演技を仕事にしている私には、薄っぺらさが透け見えるから、いつも腹立たしくて仕方なかったよ」

 その気持ちは痛いほどよくわかる。どこかで捻じ曲がった父娘の関係。デリケートな想いを理解してもらえないことは、私にも経験がある。ただ、私は努力して修復することができるけれど、父親を亡くしたリオナさんには果たせない。

 リオナさんは話し続ける。
「自分はルーズでいい加減なくせに、何かにつけて説教をしたがるの。父親だから、という理由だけで。その矛盾の大きさに一生気づかないのよね。ううん、死んでしまった今でも、お墓の中に入っても、まだ気づいていないと思う」

 桐野さん、何か、フォローした方がいいんじゃないかな。そう思って、チラチラ視線を送るのだけど、バーテンダーは黙って、リオナさんの話を聞いていた。

「桐野くん、どう思う? 思い出しただけで腹立たしい父親って最悪じゃない? まぁ、こっちも最低な親不孝者なんだけどさ」

 私は桐野さんの言葉を待つ。ここでさりげなく、リオナさんをなだめてもらいたい。

「まぁ、相手が伊吹さんですからね。それはそれで、いいんじゃないですか」
 これには愕然とした。ええっ、そんなこと言っちゃうの。本当にそれでいいの?

 桐野さんは淡々と話し続ける。 
「親子だからといって、無理にわかり合う必要はありませんよ。考え方、感じ方は、人それぞれです。血のつながりがあるだけで、親子も他人と変わりません。相性が最悪で、いつも腹立たしいなら、ああいう人間にはならない、と反面教師にすればいいんですよ」

 これはまた、エキセントリックな意見だった。他人の相談においては、これほどふさわしくない内容はない。ただ、意外にも、リオナさんの心に響いたようだ。肩の力がスッと抜けたのがわかった。

「それでいいのかな? いや、いいんだね。亡くなったら、皆いい人なんて、マンネリズムもいいとこ。演じ手としては、断固抵抗する。人のキャラクターは永久不変。生死を問わず、本質は変わらない」

 リオナさんは、【龍馬カクテル】を見つめる。
「そういう意味では、このカクテルは父さんそのものだね」
「リオナさん、どういう意味ですか?」

「ミノリちゃん、わからない? 娘の好みなど少しも考えず、自分の考えを強引に押し付けてくる。だって私、コーヒーが苦手なんだよ。なのに、何度いっても、自分がコーヒー好きだからという理由で、無理やり飲まそうとするの。たまったもんじゃないよ」
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