銀座のカクテルは秘め恋の味

坂本 光陽

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【龍馬カクテル】Ⅱ⑧

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 ステアを終えるまで、1分足らず。かりそめの〈桐野さん劇場〉だった。

 おっと、仕上げがあるらしい。桐野さんはトングでつまんだ梅の実を、タンブラーの中に落とした。これで、完成である。

 桐野さんが優雅な手つきで、リオナさんの前に、【龍馬カクテル】を滑らせた。かすかにコーヒーの芳香が漂ってくる。リオナさんは手をつけずに、ジッと見つめていた。

「桐野くん、一つ教えてよ。どうして、梅酒だったの?」
「わかりませんか?」
「ミノリちゃん、わかる?」

 私は首を横に振る。

「お二人とも、よく御存知のはずですよ。口にするのも恥かしいぐらいベタな話です」
 桐野さんはそう言うけど、さっぱりわからない。
「ほら、坂本龍馬の別名ですよ」

 リオナさんが即座に反応した。
「まさか、才谷梅太郎のこと? だから、梅酒なの?」

 リオナさんによると、坂本龍馬が手紙をまめに書いていたらしい。百数十通の手紙が残されており、署名には別名を使っていた。つまり、ペンネーム。それが、才谷梅太郎である。

 もう一つわからない点があったので、私は桐野さんに訊ねた。

「コーヒーを使ったのは、どうしてなんですか? 龍馬がコーヒー好きだったからですか?」
「それを裏付ける史料は残っていませんが、龍馬は何度も長崎に行っています。武器商人のトーマス・ブレーク・グラバーと一緒に、コーヒーを飲んでいたかもしれませんね。そういう説は一部にあるみたいです」

「では、コーヒーを使った理由は?」
「言うまでもありません。伊吹さんがずっと、カフェバー勤務だったからですよ。もう一つの理由は、これもベタですが、わかりますか?」

 頭をひねって考えてみるが、何も思い浮かばない。

「桐野くん、まさかとは思うけど」リオナさんが【龍馬カクテル】を掲げて言った。「ひょっとして、〈黒船〉?」
「ええっ、コーヒーの黒で、〈黒船〉ですかっ」

 桐野さんは小さく頷いた。驚いた。あまりにも、ベタベタだ。

 1853年、〈黒船〉こと、ペリーの軍艦が浦賀に来航した。圧倒的な大きさと技術力で、日本人の度肝を抜いたのは、あまりにも有名な日本史のトピックである。龍馬も大いに驚いた。龍馬は〈黒船〉によって、世界に眼を向けるようになったのだ。

 リオナさんは、ジッとタンブラーを見つめていた。
「梅の実を龍馬に見立てて、コーヒーが黒船。それって、ダジャレだよね」
「そうですね。あのぉ、何というか……」と、私。
「センスなさすぎ。あまりにも、ひどい」

 思わず、背筋が冷えた。私の頭の中で、謝罪の言葉がぐるぐる回る。

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