銀座のカクテルは秘め恋の味

坂本 光陽

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【龍馬カクテル】Ⅱ⑦

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「あ、私の実家から、荷物はとどいたよね」
「ええ、届きました。お手数をおかけして、すいませんでした」
「でも、梅酒なんて、何に使うの? って、私が依頼した【龍馬カクテル】以外にないか」

 そう、リオナさんの御実家から送られてきたお酒は、梅酒だった。特別なものではなく、ごくありふれた一般家庭の梅酒だという。それが【龍馬カクテル】のベースとなるお酒だ。

 桐野さんは口元に笑みを浮かべて、リオナさんに言った。
「早速、【龍馬カクテル】をお作りしましょうか?」
「ええ、お願い」

 桐野さんはグラスに、タンブラーを選んだ。アイスペールを取り出し、トングでキューブド・アイスを摘み上げる。

「あれ、その氷」
「はい、リオナさんにはお馴染みですね。伊吹さんの使っていた氷と同じです」

 そのキューブド・アイスは、なぜか黒ずんでいた。

「毎年、夏場になると、父は得意げに講釈していたわね。これを使ったアイスコーヒーは、氷が溶けても水っぽくならない。でも、これって、父のオリジナルじゃないでしょうに」

 黒ずんだ氷の正体は、コーヒーを凍らせたものだった。

「ということは、【龍馬カクテル】にコーヒーを使うの? 私がコーヒーを苦手だって知っているのに?」

 えっ、そうなの? 桐野さんにしては、これは信じられないミス。うっかり忘れていたの? 桐野さんの表情を見るかぎり、どうやら確信犯ということらしい。でも、嫌いなものを使うなんて、大丈夫なの? 私の胸に不安が広がる。

 桐野さんは平然と、タンブラーをコーヒー氷で満たし、その上からプラスチック・ボトルの中身を注ぎ始めた。よく冷やした梅酒だ。さらに、もう一つのプラスチック・ボトルの中身。こちらは、よく冷やしたコーヒー。

 少しの迷いもなく、一切無駄のない手つきで、桐野さんは〈創作〉していく。

【龍馬カクテル】のレシピによると、桐野さんの定めた黄金比は、梅酒1:コーヒー1.8。あくまで、リオナさんの御実家の梅酒と、古い型のコーヒーメーカーで作ったコーヒーの組み合わせに限った比率だけどね。

 桐野さんは、サイレント・ステアに入った。わずかな音も立てない卓越したスキルである。

 ここで蛇足を一つ。ステアとは本来、バー・スプーンでかきまわして、お酒と飲料を混ぜ合わせること。それぞれが寄り添うだけでなく、分子がからみ合って結びつき、プラスアルファの味わいを出す。

 ステアは一般的にミキシング・グラスの中で行い、その後、グラスに移しかえる。だけど、桐野さんはお客様にお出しするグラスの中でステアする。え、それはビルドじゃないか、と言われるかもしれないけど、かきまぜるという意味合いで、私は「ステア」と表現している。以上、蛇足終了。
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