上 下
37 / 100

【龍馬カクテル】Ⅱ⑤

しおりを挟む
「了解。じゃ、明日の夜、そっちに顔を出すね」

 思いがけず、即答だった。明後日以降はスケジュールがびっしりらしい。通話を終えて、桐野さんにその旨を伝える。

「わかりました。それまでに【龍馬カクテル】を完璧に仕上げておきます。その前にミノリさん、召し上がりますか?」
「ええ、お願いします」

 それがもちろん経営者の義務だし、一体どんなカクテルなのか、本当に楽しみである。桐野さんの自信作に、私は好奇心を抑えられない。

 そんな私の目の前で、桐野さんは新しい【龍馬カクテル】を作り始めた。


 祖父,雪村隆一郎は、伝説のバーテンダーだった。

 その日の天候,温度,湿度、お客様の好み,体調,気分によって、カクテルのレシピを微妙に変えていたという。定番カクテルでさえ、そうだった。創作カクテルとなると、アドリブを利かせて、ベースのお酒から,合わせる飲料,副材料,作り方まで、ガラリと変えたらしい。

 それはある意味、〈シェフの気まぐれサラダ〉ならぬ、〈バーテンダー気まぐれカクテル〉。創作カクテルの魅力は、そういったライブ感覚にあるのかもしれない。

 そのお客様がその夜、【銀時計】を訪れたからこそ出会うことのできた、その状況でしか生まれ得なかった、奇跡のようなカクテルというわけだ。


 今夜の桐野さんは、どうだろうか?

【龍馬カクテル】は、奇跡を起こせるだろうか? 少し不安はあるけれど、おそらく起こせるはずだ。いや、起こせると信じよう。

 関東圏のどこかで、今年の最高気温が更新されたらしい。こんな日に限って、都内各地を飛び回り、多くの打ち合わせをこなさないといけない。冷蔵庫状態の東京メトロと、灼熱地獄の街角を往復するだけで、身体の調子がおかしくなる。

 熱風にあおられただけでクラクラくるけど、両頬を叩いて気合を入れる。暑さなんかに負けていられない。難問をかかえて都内各地を巡り歩き、どうにかこうにか【銀時計】へと帰りついた。

 エアコンのスイッチを入れると、はしたないけど、真っ先に冷蔵庫を開けた。冷えた麦茶を飲んで、ホッとひと息つく。

 冷蔵庫には、プラスチック・ボトルに入れたコーヒーが冷やしてあった。冷凍庫には、もう一つのプラスチック・ボトル。こちらの中身は、リオナさんの実家から送られてきたお酒だ。桐野さんは夕べのうちに仕込みを済ましていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...