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【龍馬カクテル】Ⅱ②

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 私は階段を駆け上る。ドアを開けるなり、視界にバーテンダーの背中が飛び込んできた。

「桐野さんっ!」
「ああ、おはようございます。ミノリさん」

 口元を歪めた微笑が、私を出迎えた。

「“ああ、おはようございます”じゃないですよ。連絡が全然とれないから、私、心配していたんですよ。スマホの電源を切る時は、せめて留守番電話にしてください。一体なにをしていたんですか?」

 強い口調で一気にまくしたてた。桐野さんはどこ吹く風の表情である。どこまでマイペースなんだ、この人は。怒っているこっちの方がおかしいみたいじゃない。

 桐野さんがダンボールの梱包を解き終わると、芳香ほうこう鼻孔びこうをくすぐった。

「あれ、この香りは、コーヒーですか?」

「当たりです。ネット通販で中古のコーヒーメーカーを入手したんです。とっくに製造中止になった古い型なので、探すのに苦労しました」

「コーヒーメーカーぐらい、言ってもらえれば最新型を購入しますよ」

「いえ、この古い型が必要なんですよ。【龍馬カクテル】のために」

「【龍馬カクテル】のため?」思わず、オウム返しをしてしまった。「桐野さん、つかぬことをお聞きしますが……」

「はい、何でしょう」

 桐野さんはマイペースで、コーヒーメーカーをカウンターの中にセットしている。

「あのう、先日、“すべて白紙に戻す”とおっしゃったのは、【龍馬カクテル】の件だけですか? お店を辞めるおつもりは……」

「それは、僕が【銀時計】を辞める、という意味ですか?」と、怪訝な表情になる。「そのつもりはありませんが、どうして、そんなことを考えたんですか?」

 私は慌てて、車のワイパーみたいに両手を振った。

「ああ、私の思い過ごしだったみたいです。どうも、すいません。全部忘れてください」

 桐野さんは苦笑して、ポツリと呟いた。

「ふふ、変な人ですね」

「はぁっ!?」

 人の気も知らないで。言うに事欠いて、変な人? どっちが変な人ですかっ! 桐野さんの言葉が足りないから、私、誤解しちゃったんじゃないですかっ! 私が悩んで悩んで悩みぬいて夜も眠れなかったのは、全部あなたのせいなんだから!

 思わず切れそうになったけど、私は我慢強い。すべて心の中で押し殺す。
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