銀座のカクテルは秘め恋の味

坂本 光陽

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【龍馬カクテル】⑪

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「大学ではほとんど、ジャージ姿で過ごしていたな。カネなし色気ゼロの体育会系ノリ。顔を合わせる度に、父は鼻で笑ったよ。“それがおまえの目指していた女優かよ”ってね。自分でもわかっていたから、つらかったし腹も立ったよ。でもさ、必死で頑張っていると、誰かが見ていて手を差し伸べてくれる。世の中、うまくできているよ。私の風向きが変わったのは、舞台を観てくれたプロデューサーの口利きで、連続テレビドラマに出演してから」

「それって、女性版ミッション・インポッシブルって言われた『フェアリィ7』ですよね。リオナさんの役柄はマシンガントークのツンデレハッカー。オンエア中は欠かさず観ていました」

「ふふ、ありがとう」
 リオナさんはにっこり微笑んだ。まさに、100万ドルの微笑。
「運よくもぐりこめた大手プロダクションのおかげで、その後は仕事がとぎれなかったし、着実にキャリアを重ねることができた。十数年前だけど、私を見る周囲の眼が一変したことは、昨日のことのように覚えているよ」

「お父さんはどうでした? それまでとは一変して、喜んでくれたんでしょう?」

「そうだったと思うよ。私に向かって直接ほめたり、これまでの頑張りをねぎらったりはしなかったけど。周囲には、“娘が伊吹リオナなんだ”って、自慢していたらしいし。でも、私にはそんな素振りは見せなかった。むしろ、演技の粗を見つけては、ネチネチ指摘して悦に入っていた。そういうことが得意中の得意なのよね。たぶん、バカにしていた後ろめたさを、自分の中で整理がつかなかったんだと思う。今ならわかるけど、器の小さな男だったのよ」

 リオナさん、それは言いすぎですよ。私は心の中で呟いた。

「でも、お互い様なんだよね。そんな父を蔑んで、ほとんど実家に寄り付かなかった私も、本当に心が狭い。父が倒れた時だって、躊躇ためらわずに仕事の方を優先した。それが賞賛される業界だからね。だから、死に目にも会えずじまい」

「……」

「あなたたちにお願いした【龍馬カクテル】だけど、思い出に浸ったり父を懐かしんだりするわけじゃないの。父の考えたカクテルを味わうことは、私にとって懺悔ざんげであり、父に対する贖罪しょくざいなのよ」

 リオナさんの眼に、真珠の涙が浮かんでいた。
「ふふっ、ごめんなさい」
 ハンカチで涙を拭い、リオナさんは笑った。

 私は何も言えなかった。こんな話を聞かされたら、もう失敗は許されない。【龍馬カクテル】の解明と創作は、何が何でも成功させなくては……。

 やはり、桐野さんのスキルが不可欠である。
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