29 / 100
【龍馬カクテル】⑧
しおりを挟む
「ミノリさん、いかがですか?」
私は経営者として、今、感じていることを表現しなくてはならない。正確に言葉を選び、できるだけ穏やかな口調を心がけた
「とてもきれいなカクテルです。上品な色使いだし、龍が天に駆け上がる姿を魅力的に再現している、と思います。でも……」
「でも、何ですか?」
「……すいません。これは……、【龍馬カクテル】ではない、と思います」
ああ、言ってしまった。それも、ポンと投げ出すような言い方で。これじゃ、桐野さん、怒っちゃう。私はすぐ後悔して、言い直そうとした。
でも、口を開いたのは、桐野さんの方が早かった。
「ミノリさん、いくつか質問させていただいて、いいですか?」
「……はい、どうぞ」
「とてもきれいなカクテル、上品な色使い、でも【龍馬カクテル】ではない、とミノリさんはおっしゃいました。できるだけ具体的に教えてください。このカクテルのどこが、ミノリさんは違うと感じられたのでしょう」
「……そうですね。部分的なものではありません。全体的な印象になります。どう言えばわかってもらえるのか、的確な言葉が思い浮かびません」
「……」
「ただ、あくまで、私の抱いた印象ですから、ひょっとしたら、リオナさんは別の印象を受けるかもしれません」
「では、このカクテルを【龍馬カクテル】として、リオナさんにお出しすることを、ミノリさんは認めるんですか?」
「それは……」正直いって、認めたくない、というのが本心だ。
「ですよね。ミノリさんは経営者として、これは違う、と判断なさったわけだ」
皮肉っぽい口調だった。私は間違いなく、桐野さんのプライドを傷つけたのだ。
「すいません。素人のような小娘がえらそうな口を……」
「いや、謝らないでください。僕はただ、あなたの違和感の正体を知りたいだけです。できるだけ詳しくおっしゃってください。僕は具体的に、それをイメージしたい」
「……わかりました。考えてみます」
私が抱いた違和感。このカクテルから受けた違和感は一体なんなのか? それを正確に表現し、桐野さんに伝える言葉……。私は必死に探した。桐野さんの視線にさらされながら、一生懸命に考えた。
「このカクテルをきれいだと思いました。色使いも龍の形状もバランスのとり方も、これ以上ないくらい、少しの隙もなく完璧に美しいカクテルです。ただ……」
「ただ?」
「【龍馬カクテル】と呼ぶには、あまりにも洗練されている、と思います」
そうだ。洗練されすぎている。それが、私の受けた違和感だった。
桐野さんは黙っていた。私の言葉を咀嚼しているようにも、困惑しているようにも見えた。もしかしたら、わきあがる怒りを必死で抑え込んでいたのかもしれない。
「桐野さん?」
「ミノリさん、すべて白紙に戻しましょう。今おっしゃった言葉、じっくり考えてみます」
「えっ、白紙? あの、それって、どういう……」
桐野さんは背を向けて、バックスペースに引っ込んでしまった。
私は経営者として、今、感じていることを表現しなくてはならない。正確に言葉を選び、できるだけ穏やかな口調を心がけた
「とてもきれいなカクテルです。上品な色使いだし、龍が天に駆け上がる姿を魅力的に再現している、と思います。でも……」
「でも、何ですか?」
「……すいません。これは……、【龍馬カクテル】ではない、と思います」
ああ、言ってしまった。それも、ポンと投げ出すような言い方で。これじゃ、桐野さん、怒っちゃう。私はすぐ後悔して、言い直そうとした。
でも、口を開いたのは、桐野さんの方が早かった。
「ミノリさん、いくつか質問させていただいて、いいですか?」
「……はい、どうぞ」
「とてもきれいなカクテル、上品な色使い、でも【龍馬カクテル】ではない、とミノリさんはおっしゃいました。できるだけ具体的に教えてください。このカクテルのどこが、ミノリさんは違うと感じられたのでしょう」
「……そうですね。部分的なものではありません。全体的な印象になります。どう言えばわかってもらえるのか、的確な言葉が思い浮かびません」
「……」
「ただ、あくまで、私の抱いた印象ですから、ひょっとしたら、リオナさんは別の印象を受けるかもしれません」
「では、このカクテルを【龍馬カクテル】として、リオナさんにお出しすることを、ミノリさんは認めるんですか?」
「それは……」正直いって、認めたくない、というのが本心だ。
「ですよね。ミノリさんは経営者として、これは違う、と判断なさったわけだ」
皮肉っぽい口調だった。私は間違いなく、桐野さんのプライドを傷つけたのだ。
「すいません。素人のような小娘がえらそうな口を……」
「いや、謝らないでください。僕はただ、あなたの違和感の正体を知りたいだけです。できるだけ詳しくおっしゃってください。僕は具体的に、それをイメージしたい」
「……わかりました。考えてみます」
私が抱いた違和感。このカクテルから受けた違和感は一体なんなのか? それを正確に表現し、桐野さんに伝える言葉……。私は必死に探した。桐野さんの視線にさらされながら、一生懸命に考えた。
「このカクテルをきれいだと思いました。色使いも龍の形状もバランスのとり方も、これ以上ないくらい、少しの隙もなく完璧に美しいカクテルです。ただ……」
「ただ?」
「【龍馬カクテル】と呼ぶには、あまりにも洗練されている、と思います」
そうだ。洗練されすぎている。それが、私の受けた違和感だった。
桐野さんは黙っていた。私の言葉を咀嚼しているようにも、困惑しているようにも見えた。もしかしたら、わきあがる怒りを必死で抑え込んでいたのかもしれない。
「桐野さん?」
「ミノリさん、すべて白紙に戻しましょう。今おっしゃった言葉、じっくり考えてみます」
「えっ、白紙? あの、それって、どういう……」
桐野さんは背を向けて、バックスペースに引っ込んでしまった。
0
『銀座のカクテルは秘め恋の味』の御閲覧をありがとうございました。いかがだったでしょうか。もし、お気に召したのなら、「お気に入り」登録をお願いいたします。どうぞ、お気軽に楽しんでください。
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説



淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる