銀座のカクテルは秘め恋の味

坂本 光陽

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【龍馬カクテル】⑧

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「ミノリさん、いかがですか?」

 私は経営者として、今、感じていることを表現しなくてはならない。正確に言葉を選び、できるだけ穏やかな口調を心がけた

「とてもきれいなカクテルです。上品な色使いだし、龍が天に駆け上がる姿を魅力的に再現している、と思います。でも……」

「でも、何ですか?」
「……すいません。これは……、【龍馬カクテル】ではない、と思います」

 ああ、言ってしまった。それも、ポンと投げ出すような言い方で。これじゃ、桐野さん、怒っちゃう。私はすぐ後悔して、言い直そうとした。

 でも、口を開いたのは、桐野さんの方が早かった。
「ミノリさん、いくつか質問させていただいて、いいですか?」

「……はい、どうぞ」

「とてもきれいなカクテル、上品な色使い、でも【龍馬カクテル】ではない、とミノリさんはおっしゃいました。できるだけ具体的に教えてください。このカクテルのどこが、ミノリさんは違うと感じられたのでしょう」

「……そうですね。部分的なものではありません。全体的な印象になります。どう言えばわかってもらえるのか、的確な言葉が思い浮かびません」

「……」

「ただ、あくまで、私の抱いた印象ですから、ひょっとしたら、リオナさんは別の印象を受けるかもしれません」

「では、このカクテルを【龍馬カクテル】として、リオナさんにお出しすることを、ミノリさんは認めるんですか?」
「それは……」正直いって、認めたくない、というのが本心だ。

「ですよね。ミノリさんは経営者として、これは違う、と判断なさったわけだ」
 皮肉っぽい口調だった。私は間違いなく、桐野さんのプライドを傷つけたのだ。

「すいません。素人のような小娘がえらそうな口を……」

「いや、謝らないでください。僕はただ、あなたの違和感の正体を知りたいだけです。できるだけ詳しくおっしゃってください。僕は具体的に、それをイメージしたい」

「……わかりました。考えてみます」

 私が抱いた違和感。このカクテルから受けた違和感は一体なんなのか? それを正確に表現し、桐野さんに伝える言葉……。私は必死に探した。桐野さんの視線にさらされながら、一生懸命に考えた。

「このカクテルをきれいだと思いました。色使いも龍の形状もバランスのとり方も、これ以上ないくらい、少しの隙もなく完璧に美しいカクテルです。ただ……」

「ただ?」

「【龍馬カクテル】と呼ぶには、あまりにも洗練されている、と思います」

 そうだ。洗練されすぎている。それが、私の受けた違和感だった。

 桐野さんは黙っていた。私の言葉を咀嚼しているようにも、困惑しているようにも見えた。もしかしたら、わきあがる怒りを必死で抑え込んでいたのかもしれない。

「桐野さん?」
「ミノリさん、すべて白紙に戻しましょう。今おっしゃった言葉、じっくり考えてみます」
「えっ、白紙? あの、それって、どういう……」

 桐野さんは背を向けて、バックスペースに引っ込んでしまった。
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