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【龍馬カクテル】⑥

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 土日,休日には、銀座通りで歩行者天国が行われる。銀座通り口交差点から銀座8丁目交差点までの車道、約1100メートルが、歩行者に開放されるのだ。

 車道の真ん中を歩くのは、とても気分がいい。いつもと違った銀座の街並みを眺めることもできる。お休みのせいか、皆、ゆったりした足取りで、のんびりした顔つきだ。

 松屋通りで、おしゃれな年配の女性グループとすれ違った。とても上品な装いと立ち振る舞いには、思わず「マダム」と呼びたくなるほどだ。凮月堂のカフェでも、そんなマダムをよく見かける。

 凮月堂は銀座6丁目、みゆき通りと並木通りが交差する角にある。

 後見人の相葉さんと落ち合う場所は、いつも凮月堂と決まっていた。私は凮月堂のケーキセット、特にフルーツロールが大好きだけど、この場所を指定したのは相葉さんの方だ。

 どうやら、複数の年配女性とデートをかけもちする合間に、私との打ち合わせを済ましている気配がある。そういえば、品の良さそうなマダムに若い愛人と間違われ、キッと睨まれたことがあったっけ。

 いや、そんなことはどうでもいい。現実逃避をせずに、懸案事項に対処しなくては。今日はそのことを相葉さんに伝えに来たのだから。

 私は紅茶をひと口飲むと、相葉さんに切り出した。

「実は、【銀時計】のオープン直前なのに、大問題が発生しました。もしかしたら、桐野さんがお店を辞めるかもしれません」
「ええっ、どうしてだ? てっきり順調だと思っていたが、一体何があった?」

 70を過ぎても若々しい老人が、眼をむいていた。Tシャツの胸にプリントされた出目金と一緒に、四つの目玉が私を射る。


 話は三日前に遡る。
【銀時計】の窓際のボックス席で、私と桐野さんは打ち合わせをしていた。

「【龍馬カクテル】が二つも三つもあったら、興醒めですよ。唯一無二でなければ、【龍馬カクテル】という、せっかくのネーミングが台無しだ」と、桐野さんは言った。

 私は同意しかねたが、そこで対立しても仕方がない。

「桐野さん、もっと柔軟に考えてみてはいかがですか。A案,B案,C案を作って、ミラノさんに飲み比べてもらうんですよ」
「……飲み比べ、ですか」
「私自身、とても興味があるんです。その複数の【龍馬カクテル】、ぜひ、すべて味合わせてください」

 桐野さんは眉根をひそめていた。
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