銀座のカクテルは秘め恋の味

坂本 光陽

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【龍馬カクテル】④

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「えっ、リオナさんのお父さんですよね」
「ええ、そうですよ」

 私の聞き違いじゃなかった。

「亡くなった方を悪く言いたくはないですが、周囲の人たちを不愉快にする方でした。客商売をしていながら、口を開けば、自慢話か他人の悪口ばかり。夫婦仲は常に険悪でしたし、リオナさんとの関係も最悪といっていいでしょう」

 亡き父から愛娘へのプレゼントだというから、勝手に感動的な話を想像していた。どうやら、そんな単純な話ではなさそうである。

「伊吹さんはリオナさんと顔を合わせれば、下品な冗談やダジャレばかり。年頃の娘がそっぽを向く理由としては充分でしょう」
「そうですね。よくわかります」

 私も父の冗談には閉口している口だから。世の中の父親たちは、なぜ、娘たちを不愉快にさせるのだろう。わけがわからない。おまけに、当人に自覚がないのだから、始末に負えない。いや、話が脱線しかけた。

「でも、伊吹さんはリオナさんのために、【龍馬カクテル】を考えたんですね。あの、ちなみに、伊吹さんの下の名前は?」
いわお。山の下に厳しい、と書きます」

 私はノートを開いて、ボールペンで〈伊吹巌〉と書いてみる。
「いかにも頑固そうな名前ですね」

「仕事よりギャンブル優先のさぼり魔なのに、プライドばかり高かったですね。自分の作ったカクテルのケチをつけられて、お客様に殴りかかったこともありました」

 それは客商売として問題外だろう。
「あの、桐野さんも伊吹さんから、不愉快な目に?」

「まぁ、そうですね。理由なく何度も殴られました」と、苦笑した。「この業界は上下関係が厳しくて、口答えは許されませんから。ただ、当時の僕は青二才だったし、悪いことばかりじゃない。僕はバーテンダーの基本は、伊吹さんから学びましたよ。反面教師という形でね」

 二人が勤めていたのは、上野のカフェバー。カクテルよりコーヒーがメインの店だったらしい。桐野さんが伊吹さんと一緒に働いたのは二年半だけ。それでも、一年に数回は呼び出されて、もっぱら愚痴と自慢話を聞かされていたらしい。

 ちなみに、桐野さんがリオナさんに呼び出されるのは、数ヵ月に一回ほど。リオナさんは多忙なので、仕事の狭間に都合がつけば、ということらしい。ただ、桐野さんがお店を転々としても、ずっと連絡を取り合っていたのだ。恋人同士ではなさそうだけど、微妙な間柄のように私には見えてしまう。
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