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推理ゲーム⑦

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「ふふっ、おいし」

 トップ女優は、とびっきりの笑顔を浮かべ、ソルティー・ドッグを味わいながら、

「私の用件が千葉さなと関係がある、といったのは本当よ。まず、その映画を説明した方が早いわね。タイトルは『龍馬転生』。近江屋で暗殺された坂本龍馬が、異世界にあるもう一つの近江屋に転生を果す、という設定なの。非情な性格に生まれ変わった龍馬が歴史の裏で暗躍する。これが大まかなストーリー。役柄上、黒幕的な描き方をするので、これまでの龍馬とは違って、かなりダークでエキセントリックよ。海外展開を視野に入れて、独自性を打ち出した野心作なの」

「ということは、明治維新以後も描くんですね」桐野さんは興味深げだ。「戊辰戦争や西南戦争に関わり、文明開化,富国強兵にも影響を及ぼすとか?」

「ノーコメント。それは見てのお楽しみね」
「坂本龍馬って明るくて陽気なイメージですから、ダークな龍馬って斬新ですね。想像もつきません」

 私が言うと、リオナさんはにっこり笑った。

「一つ間違えれば、際物きわものになりかねない作品よ。もし、龍馬ファンの父さんが生きていたら、カンカンに怒るかも」
「ああ、そうでしたね。伊吹先輩は坂本龍馬の生き様に心酔されていました」

 桐野さんが笑顔で言う。

「確か、リオナさんが産まれた時も、確かリョーマと名づけたかったんですよね。何度も聞かされましたよ」
「その点は、断固反対してくれた母さんに感謝ね。もし、私の名前がリョーマだったら、今の私はなかったよ」
「でも、今回、千葉さなを演じることになって、お父さんは大喜びでしょう」
「あ、父は亡くなったのよ。クモ膜下出血で」

 あっさり言われたので、理解するまで時間がかかった。

「すいませんでした」私は慌てて頭を下げる。
「ううん、気にしないで。もう5年も前の話だから。でも、坂本龍馬の映画に出ることになたのは、父さんの導きかもね」

 ソルティー・ドッグを飲み干して、リオナさんは言った。

「で、ここからが本題。今度のオファーをいただいて、思い出したことがあるのよ。父さんが亡くなる直前に、私にこう言ったの。“リオナ、坂本龍馬のカクテルを思いついたぞ。今度飲ませてやるから、楽しみにしておけよ”ってね。でも、飲ませてくれる前に、父さんは倒れてしまった。意識が一度も戻らないで息を引き取ったから、それがどんなカクテルなのか、誰にもわからない。レシピぐらい残しておけばいいのに、そのヒントすらないから、想像もつかないのよ」

 坂本龍馬のカクテル。それは一体、どんなカクテルなのだろうか?

 龍馬が世界に眼を向けていたことは有名だ。もしかすると、日本で初めてカクテルを飲んだとか、そういうことだろうか?

「でも、桐野くんなら、わかるんじゃないかな。竜馬のカクテルが、どんなカクテルなのか」

 リオナさんの挑むような視線を桐野さんはしっかり受け止めていた。
 これが、桐野さんと私の【龍馬カクテル】を巡る話の始まりだった。
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