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女優の来訪③
しおりを挟むお客様のようだけど、まだ店はオープン前である。誰だろう。心当たりはない。女性の顔の上半分は大きなサングラスで隠されており、グロスルージュで光る唇がとてもセクシーだ。女の私でもドキッとしてしまう。
それはさておき、私は女性に訊ねた。
「あの、こちらのお店に御用でしょうか?」
「あなた、このお店の方?」
私が頷くと、女性は眉根を寄せた。
「何をしていたの、遅いわよ」
「すいません。でも、お店は来月オープンなんです」
「桐野くんから、聞いてないかしら。私が来るって」
女性はサングラスをとった時、あっと思った。
私は女性の顔に見覚えがあった。それどころか、彼女の登場するCMを見ない日はない。テレビドラマや映画でひっぱりだこ。確か、トップ女優の……。
「あの、もしかして、伊吹リオナさんですか?」
「悪いけど、早く中に入れてくれないかな。私、プライベートで目立つのは困るのよ」
私は慌てて、お店の鍵を開けて、リオナさんを招き入れた。
リオナさんは窓際に近寄って、外の様子をうかがっている。有名税とか言うけれど、ファンやマスコミに追い回されるのは、かなりのストレスだろう。
冷蔵庫を開けると、午前中に作っておいた麦茶がよく冷えていた。私は麦茶をタンブラーに開けながら、おそるおそる声をかけた。
「あの、お好きなところに、どうぞお座りください」
リオナさんはボックス席に腰を下ろした。
「ねぇ、ここって、銀座八丁の奥の奥でしょ。どうして、こんな場所を選んだの?」
私はテーブルに【銀時計】のデザイン入りコースターをおき、その上にタンブラーをのせる。
「それはですね。銀座8丁目は新橋から見れば、銀座の入り口なんですよ」
ウンチクを少し披露すると、明治5年に、新橋―横浜間の日本初の鉄道が開通し、新橋は陸路における表玄関になった。それだけではない。
「昭和初期の銀ブラは、銀座8丁目からスタートだったそうですよ」
「えー、嘘でしょ?」
私はコホンと咳払い。
「 “省線(鉄道省線電車)新橋駅の大時計が午後八時を示している。銀座へ、銀座への人波にまじって橋を渡り、高速度銀ブラをこころみる。ペーブメント一杯の、嬉々とした音と交錯する光。”と、昭和4年発行の『新版大東京案内』に書いてあります。つまり、銀座8丁目は東京の玄関、銀座の玄関だったんですよ」
えっへん。
私はとっておきの笑顔をしてみせる。トップ女優さんには到底適わないけど。
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