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逆面接⑥

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「なぜ、協会に入らないんですか?」

「入る理由がありません。コンペには元々興味がないんです。技の優劣や競い合うことに、少しも魅力を感じません」さりげない口調で言ってのける。

 桐野さんのような人が街角の小さなバーで、お酒の飲み方も知らない若者相手にカクテルを作っていることが、私には不思議でならなかった。

 だけど、数年ごとに勤務先を変える風変わりな人と知って、少しだけわかった気がした。一言でいうと、自由を愛し、束縛そくばくを嫌う性格らしい。

「率直に言います。私は【銀時計】のバーテンダーは桐野さんしかいない、と考えています。桐野さんだけが、頼みの綱です。雪村隆一郎に匹敵する天才バーテンダーは、他には見当たりません。お願いします。どうか私に力を貸して下さい」

 深々と頭を下げた。こんな風に誰かにお願いをするのは初めてだけど、恥ずかしくも何ともなかった。

「ミノリさん、一つ言っておきます。僕は天才バーテンダーなどではありません。そんなものはおそらく、コミックの世界だけの存在でしょう」

 冷たい声音だった。私は恥ずかしさで、顔から火を噴きそうになる。

「僕は雪村隆一郎さんではありませんので、【雪村カクテル】は作れません。そもそも、作りたいと思いません」キッパリそう言った。

 まったくの想定外だった。普通なら、話の流れからいって、OKでしょう? これって、一体どういうこと。私は頭の中が真っ白になった。

「ミノリちゃん、男ってものがわかっちゃいないねー」相葉さんが呆れたように言う。「例えばさ、将来有望な野球選手がいるとする。周囲から長島二世とか堀内二世と呼ばれて、喜ぶと思うかい」

 堀内という人は知らないけど、長島というのは、たぶん巨人軍名誉監督のことだろう。

「二流どころなら喜ぶかもしれないが、そんな選手はまず大成しない」

 ああ、なるほどね。相葉さんの言いたいことは何となくわかった。私は桐野さんに向かって、

「あの、【雪村カクテル】のコピーを作る気はない、ということですか?」

「85%の答えは、その通りです」桐野さんは頷いた。「残り15%は、不愉快な目にあうことが予想できるからです。このお店が【銀時計】を名乗るなら、バーテンダーは否応なく、重い看板を背負うことになります。雪村隆一郎さんとの比較は避けられませんから」

 確かに、そういうことになる。でも、それって桐野さん、まさか自信がないってこと?

「看板がプレッシャーなのではありません。例えば、雪村さんはこうした、こういう風にした、という呪縛にからめとられてしまう。それは望ましくない、と考えます」

 なるほど、自由さを求めるバーテンダーにとっては、それが不自由に思えるのか。考えすぎのような気もするけれど、その気持ちが理解できないわけではない。

 最初はダメ元で打診した部分もあったけど、思いがけずトントン拍子で進んできたので、つい調子に乗りすぎたのかも。やはり、桐野さんに来てもらうのは、無理なのか。

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