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逆面接④

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「そうですか。残念ながら、【銀時計】にうかがったことはありませんが、噂なら耳にしています。ミノリさんの気持ちが、何となくわかるような気がします。ミノリさん、御存知ごぞんじですか? 閉店から時間が経っていますが、【銀時計】の名前は今なお、多くのバーテンダーたちの心の中で輝きを放っています。なぜだか、わかりますか?」

「祖父が、伝説になるような創作カクテルを、いくつも作り上げたからですか?」

「もちろん、それもあるでしょう。【雪村カクテル】は、派手なエピソードを数多く残していますからね。でも、それは雪村さんの素晴らしさの一部にすぎません」

「では、どうして?」

 桐野さんは真っ直ぐな眼で、私を見つめた。思わず、ドキリとしてしまう。

「雪村さんは常に、客人きゃくじんの気持ちを第一に考えていたと思います。自分の名前を高めること、プライドを守ることに関心がなく、当然、賞賛などは求めない。ただ、客人の想いに意識を集中させるのみ。そんな人だった、と僕は理解しています。それはバーテンダーにとって、当たり前のようでいて、なかなか難しいものなのです。名を上げたバーテンダーであればあるほど、それは難しくなる」

 知名度やプライド、慢心が、バーテンダーの心と技を次第にむしばんでいく、ということだろう。トップバーテンダーと騒がれた人が数年後には落ちぶれて業界から消えていくことは、決して珍しくない。

 桐野さんは淡々たんたんと話し続ける。

「多くのバーテンダーが【銀時計】の名前を忘れないのは、お客様の心を第一に考える雪村さんの姿勢が、今もバーテンダーの間で語り継がれているからです」

 それは孫娘の私にも誇らしいことだった。

「お客様第一主義には、大賛成です。このお店でも、祖父と同じように、お客様を中心にして回していきたい、と考えています」

 頃合ころあいはよし。本題を切り出そう。

「桐野さん、はっきり言います。さっきは、【銀時計】のようなお店にしたいと言いましたが、本当は自分の手で、【銀時計】を復活させたいんです」

「復活、ですか?」

 桐野さんは少し驚いていた。

「それでは、もしかすると、この店の名前も」

「はい、三代目の【銀時計】です。父からは猛反対されましたが、開業資金を自分一人で集めて、一切の責任をもつことを条件に、強引に押し切りました。ただ、重要な問題が一つだけ残っているんです」

 その時、誰かがドアをノックした。振り向くと、相葉さんがドア口で、笑顔を浮かべていた。

「おいおい、硬いなぁ。ミノリちゃん、面接なんて肩肘張かたひじはらず、普段どおりでいいんだ」

 私は立ち上がり、桐野さんに紹介した。

「こちらは相葉さんです。祖父,雪村隆一郎の幼馴染おさななじみで、今は私の後見人をお願いしています」

 相葉さんは満面の笑顔で、うんうんと頷いている。いつ見ても若々しいファッションだ。小柄な体躯たいくを包んでいるのは、派手な輸入物のプリントシャツにビンテージジーンズ。とても70歳には見えない。
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