銀座のカクテルは秘め恋の味

坂本 光陽

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逆面接➀

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 メールで連絡を取り合って、桐野さんと会う日時を決めた。

 待ち合わせ場所は、新橋駅日比谷口のSL広場にした。待ち合わせ場所は、新橋駅日比谷口のSL広場にした。私たちがこれから向かう銀座8丁目は、銀座駅より新橋駅の方が近いからだ。

 SL広場には文字通り、蒸気機関車の実物がモニュメントとして展示されている。近くには、巨大な蜂の巣のように見えるニュー新橋ビル。見渡してみると、通行人は圧倒的に中年サラリーマンが多い。テレビクルーがおじさんに路上インタビューをとる時は、必ずここで行うというのも納得である。

 待ち合わせ時間は午後2時だけど、桐野さんがやってきたのは5分前だった。レモンイエローのボウリングシャツにオイスターホワイトのチノパンツ。カジュアルファッションも素敵である。

「すいません、お待たせしましたか?」
「いえ、私も来たところです、桐野さん、時間に正確なんですね」

 あぶなかった。電車が少し遅れていたら、桐野さんを待たせるところだった。

 私は口角こうかくを上げて、とっておきの笑顔を浮かべた。自慢じゃないけれど、男性を骨抜きにできる笑顔である。その効力は、学生時代に実証済みだ。

 だけど、桐野さんは口元をほんの少し歪めただけ。私のとっておきの笑顔は、残念ながら肩透かし。ちょっぴり不満を覚える。西麻布で初めて会った時から、愛想のなさは何となくわかっていたけど、若い女性としては複雑な心境だ。

 桐野さん、私って、そんなに魅力ないですか?

 気を取り直して、桐野さんと肩を並べて歩き出す。陽のある時間帯の彼は、バーにいる時とは雰囲気が違っていた。強烈な眼ヂカラは影を潜め、心なしか柔和に見える。

 今は一日で最も暑い時間帯だ。気温が30度を超えているのに、桐野さんの顔は涼しげだった。すれ違う人たちが皆、暑さで足を引きずっているのに、彼の歩調は軽やかである。

 ただ、私と一緒に歩いているのに、ひと言も話さない。どうやら、無駄口を叩かないタイプらしい。

 向かうのは、銀座8丁目だ。御門通りを進み、銀座博品館劇場を通り過ぎて、中央通りを渡る。新橋駅からゆっくり歩いて10分ほど。見落とされそうな裏路地を少し入ると、古いテナントビルが目に入る。

 昭和レトロな飴色あめいろの壁面。緑の屋根にオレンジの窓枠。何とも味わいのあるたたずまい。訊けば、このテナントビルは高度成長期につくられたらしい。

 ゆるやかな階段を上がると左右に店舗が並んでいて、右側の三軒目が「私の店」である。私は女子大を出たばかりの小娘だけど、実は駆け出しの経営者なのだ。

「どうぞ、御覧ください」

 鍵を開けて、桐野さんに入ってもらう。

 カウンター席が6つ。二人がけのボックス席は2つ。10人も入れば満員になってしまう小さな店だ。

 派手さはなく、大人の隠れ家のような落ち着ける店構え。ひと言でいうと、古き良き時代のバーである。しかも、場所は花の銀座。正確には銀座の中心地から外れたところだし、賃貸だけどね。
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