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雄弁ネクタイの巻
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小吉は初めて、三角関係という状況に陥っていた。ガールフレンドの百合と良い関係を築いていたのに、転校生ミスミが割り込んできたのだ。しかも、ミスミは学校一の美少年である。
ちなみに、ミスミが関心をもっているのは、百合ではない。彼が言い寄っているのは小吉だった。
今日も、百合と一緒に帰るつもりだったのに、ミスミが勝手についてくる。恋敵の百合を無視して、小吉にだけ話しかけるのだ。
「ねぇ、小吉くん、寄り道をしていこう。本屋に行って漫画の新刊を見ていく? それとも、玩具屋でレアカードをさがしてみる?」
「いや、ちょっと……。今日は百合ちゃんと……」
小吉は口を濁すばかりで、ミスミの誘いを断ることができない。腕をとられて強引に引っ張られてしまう。取り残された百合が半泣きの表情なのに、小吉は何もできず、心を痛めた。
ミスミから解放されたのは、陽が暮れてからだった。小吉は家に帰るなり、居眠り中のポン太郎を揺り起こし、
「ポン太郎、相談にのってくれよ」
「どうしたんだ、小吉くん」
「きっぱりと言わないといけないのに、口下手なので全然言えないんだ。何とかしてくれよ」
ポン太郎は亜空間からやってきた魔法使いである。小吉が困った時には助けてくれる心優しき相棒なのだ。小吉から事情を聞いたポン太郎は、亜空間バッグの中を探って、
「思っていることをはっきりと言いたいなら、これかな。万能アイテム〈雄弁ネクタイ〉」
それはサラリーマン用のネクタイに似ているが、真っ赤な唇のイラストが描かれたアイテムだった。〈雄弁ネクタイ〉を締めるだけで、どんなに言いにくいことでも、流ちょうに話すことができるのだ。
翌日の昼休み、小吉はさりげなくミスミに声をかけた。
「大事な話があるんだ。放課後に付き合ってくれないか」
「わかったよ。小吉くんから誘われるなんて、光栄の至りだね」
百合が心配そうに見ていたので、小吉は彼女にも声をかけた。
「よかったら、百合ちゃんも来てほしい。大事な話があるから」
小吉たち三人は放課後、児童公園に立ち寄った。先に来ていたポン太郎が、東屋で手を振っている。話し合いの場所をとっておいてくれたらしい。
小吉はミスミと東屋に入り、向かい合う形で腰を下ろした。百合とポン太郎は少し離れて、二人を見守っている。
「そのネクタイ、あまり似合ってないね」口火を切ったのはミスミだった。「今度デパートに行って、小吉くんにぴったりのネクタイを見立ててあげるよ」
小吉が締めていたネクタイは、もちろん〈雄弁ネクタイ〉である。小吉はミスミのペースに流されることなく、堂々と胸を張って、
「前置きは省いて、まず結論から言わせてもらうよ。3年前のキャンプのことは全然覚えていないんだ。ミスミくん、教えてくれ。僕は君に何を言ったのか」
ミスミは少し間をとってから、
「小吉くんは僕に言ったよ。『とってもかわいいよ』って、はっきり言ってくれた」
「……そうか。悪いんだけど、僕は全然おぼえてないんだ。3年前のこととはいえ、君に誤解をさせたみたいで、本当に申し訳ない」
「やめてくれよ、誤解だなんて。僕たちは、あの時、愛を誓い合ったんだ」
百合が息をのむ気配を感じたけれど、小吉は真剣な顔で、ミスミをまっすぐ見つめた。
「僕のことを想ってくれているのは、とてもうれしい。でもミスミくん、僕は今、とても困っているんだ。お願いだから、僕の頼みを聞いてくれないかな」
「ああ、何だい?」
「僕にとってミスミくんは大事な友達だよ。同じように、百合ちゃんのことも大事に想っている。だから、ミスミくんと百合ちゃんには仲良くしてもらいたい」
「……」ミスミは唇を噛んで、うつむいた。
「ミスミくん、はっきり言うよ。昨日みたいに百合ちゃんを無視するのは、絶対にやめてほしい。友達には、そんなことをしてほしくないし、そんなことをされたら見過ごすことができない」
「……」
「僕は真剣に怒っているんだ」
「……」ミスミは身体を震わした。
「ミスミくん、わかってくれるよね。もし、わかってくれたなら、百合ちゃんに謝ってほしい」
小吉の言葉に、大きく気持ちをゆさぶられたのだろう。ミスミは大粒の涙を流していた。小吉は彼の背中をポンポンと叩くと、ミスミは目元をぬぐってから、百合に頭を下げた。
「昨日はごめんなさい。百合ちゃんには本当にひどいことをしました。二度とあんなことはしないので、どうか、許してください」
百合は小さく首を横に振って、
「ううん、私、気にしていないから。ミスミくんとは、前みたいに仲良くできたらと思ってる」
小吉は大きく頷いて、拍手をしながら、
「ミスミくん、ありがとう。百合ちゃんも、ありがとう。君たちはやっぱり、僕の大事な友達だよ」
こうして三角関係問題は無事解決した。万能アイテム〈雄弁ネクタイ〉の本領発揮といったところである。ただ、小吉自身が何も考えていなければ、こうはならなかった。言いたいことがないのなら何一つできない、という道理である。
ミスミの心をゆさぶったのは、小吉の言葉が〈雄弁ネクタイ〉の力を借りて、ミスミにしっかり伝わったからだ。まっすぐな男の子の誠意が、ミスミの心を響いたからである。
もっとも、ネクタイを外してしまえば、いつもの小吉に戻ってしまう。百合の前に出ると頬を赤く染めて何も言えなくなってしまう、ごく普通の男の子に……。
*
2年が経過した。小吉は中学生になり、制服姿がそれなりに似合うようになった。
百合やミスミと話をすることもあるが、小学生の時のように遊ぶことは少なくなった。
最も大きな変化は、ポン太郎が亜空間に帰ってしまったことである。小吉の元を少し離れるだけと思っていたのだが、結局、長期間の不在となっている。
だから、個人的な問題が発生すると、小吉は自分で解決しなければならない。必然的に、ポン太郎の魔法に頼ることなく。
今ではすっかり慣れてしまった。ポン太郎が戻ってくれば、小吉の成長ぶりを褒めてくれるだろうか。
いや、褒めてくれなくてもいい。ポン太郎にそばにいてほしい。
時折り、そのように考えてしまう小吉だった。
了
ちなみに、ミスミが関心をもっているのは、百合ではない。彼が言い寄っているのは小吉だった。
今日も、百合と一緒に帰るつもりだったのに、ミスミが勝手についてくる。恋敵の百合を無視して、小吉にだけ話しかけるのだ。
「ねぇ、小吉くん、寄り道をしていこう。本屋に行って漫画の新刊を見ていく? それとも、玩具屋でレアカードをさがしてみる?」
「いや、ちょっと……。今日は百合ちゃんと……」
小吉は口を濁すばかりで、ミスミの誘いを断ることができない。腕をとられて強引に引っ張られてしまう。取り残された百合が半泣きの表情なのに、小吉は何もできず、心を痛めた。
ミスミから解放されたのは、陽が暮れてからだった。小吉は家に帰るなり、居眠り中のポン太郎を揺り起こし、
「ポン太郎、相談にのってくれよ」
「どうしたんだ、小吉くん」
「きっぱりと言わないといけないのに、口下手なので全然言えないんだ。何とかしてくれよ」
ポン太郎は亜空間からやってきた魔法使いである。小吉が困った時には助けてくれる心優しき相棒なのだ。小吉から事情を聞いたポン太郎は、亜空間バッグの中を探って、
「思っていることをはっきりと言いたいなら、これかな。万能アイテム〈雄弁ネクタイ〉」
それはサラリーマン用のネクタイに似ているが、真っ赤な唇のイラストが描かれたアイテムだった。〈雄弁ネクタイ〉を締めるだけで、どんなに言いにくいことでも、流ちょうに話すことができるのだ。
翌日の昼休み、小吉はさりげなくミスミに声をかけた。
「大事な話があるんだ。放課後に付き合ってくれないか」
「わかったよ。小吉くんから誘われるなんて、光栄の至りだね」
百合が心配そうに見ていたので、小吉は彼女にも声をかけた。
「よかったら、百合ちゃんも来てほしい。大事な話があるから」
小吉たち三人は放課後、児童公園に立ち寄った。先に来ていたポン太郎が、東屋で手を振っている。話し合いの場所をとっておいてくれたらしい。
小吉はミスミと東屋に入り、向かい合う形で腰を下ろした。百合とポン太郎は少し離れて、二人を見守っている。
「そのネクタイ、あまり似合ってないね」口火を切ったのはミスミだった。「今度デパートに行って、小吉くんにぴったりのネクタイを見立ててあげるよ」
小吉が締めていたネクタイは、もちろん〈雄弁ネクタイ〉である。小吉はミスミのペースに流されることなく、堂々と胸を張って、
「前置きは省いて、まず結論から言わせてもらうよ。3年前のキャンプのことは全然覚えていないんだ。ミスミくん、教えてくれ。僕は君に何を言ったのか」
ミスミは少し間をとってから、
「小吉くんは僕に言ったよ。『とってもかわいいよ』って、はっきり言ってくれた」
「……そうか。悪いんだけど、僕は全然おぼえてないんだ。3年前のこととはいえ、君に誤解をさせたみたいで、本当に申し訳ない」
「やめてくれよ、誤解だなんて。僕たちは、あの時、愛を誓い合ったんだ」
百合が息をのむ気配を感じたけれど、小吉は真剣な顔で、ミスミをまっすぐ見つめた。
「僕のことを想ってくれているのは、とてもうれしい。でもミスミくん、僕は今、とても困っているんだ。お願いだから、僕の頼みを聞いてくれないかな」
「ああ、何だい?」
「僕にとってミスミくんは大事な友達だよ。同じように、百合ちゃんのことも大事に想っている。だから、ミスミくんと百合ちゃんには仲良くしてもらいたい」
「……」ミスミは唇を噛んで、うつむいた。
「ミスミくん、はっきり言うよ。昨日みたいに百合ちゃんを無視するのは、絶対にやめてほしい。友達には、そんなことをしてほしくないし、そんなことをされたら見過ごすことができない」
「……」
「僕は真剣に怒っているんだ」
「……」ミスミは身体を震わした。
「ミスミくん、わかってくれるよね。もし、わかってくれたなら、百合ちゃんに謝ってほしい」
小吉の言葉に、大きく気持ちをゆさぶられたのだろう。ミスミは大粒の涙を流していた。小吉は彼の背中をポンポンと叩くと、ミスミは目元をぬぐってから、百合に頭を下げた。
「昨日はごめんなさい。百合ちゃんには本当にひどいことをしました。二度とあんなことはしないので、どうか、許してください」
百合は小さく首を横に振って、
「ううん、私、気にしていないから。ミスミくんとは、前みたいに仲良くできたらと思ってる」
小吉は大きく頷いて、拍手をしながら、
「ミスミくん、ありがとう。百合ちゃんも、ありがとう。君たちはやっぱり、僕の大事な友達だよ」
こうして三角関係問題は無事解決した。万能アイテム〈雄弁ネクタイ〉の本領発揮といったところである。ただ、小吉自身が何も考えていなければ、こうはならなかった。言いたいことがないのなら何一つできない、という道理である。
ミスミの心をゆさぶったのは、小吉の言葉が〈雄弁ネクタイ〉の力を借りて、ミスミにしっかり伝わったからだ。まっすぐな男の子の誠意が、ミスミの心を響いたからである。
もっとも、ネクタイを外してしまえば、いつもの小吉に戻ってしまう。百合の前に出ると頬を赤く染めて何も言えなくなってしまう、ごく普通の男の子に……。
*
2年が経過した。小吉は中学生になり、制服姿がそれなりに似合うようになった。
百合やミスミと話をすることもあるが、小学生の時のように遊ぶことは少なくなった。
最も大きな変化は、ポン太郎が亜空間に帰ってしまったことである。小吉の元を少し離れるだけと思っていたのだが、結局、長期間の不在となっている。
だから、個人的な問題が発生すると、小吉は自分で解決しなければならない。必然的に、ポン太郎の魔法に頼ることなく。
今ではすっかり慣れてしまった。ポン太郎が戻ってくれば、小吉の成長ぶりを褒めてくれるだろうか。
いや、褒めてくれなくてもいい。ポン太郎にそばにいてほしい。
時折り、そのように考えてしまう小吉だった。
了
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■目次
第一章 動かない猫
第二章 ライオン公園のタイムカプセル
第三章 魚海町シーサイド商店街
第四章 黒野時計堂
第五章 短針マシュマロと消えた写真
第六章 スカーフェイスを追って
第七章 天川の行方不明事件
第八章 作戦開始!サイレンを挟み撃て!
第九章 『5…4…3…2…1…‼』
第十章 不法の器の代償
第十一章 ミチルのフラッシュ
第十二章 五人の写真
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ポン太郎はタコ焼きが好きなのかぁ。とても可愛いですね。
一つのお話ごとに山やオチがあり、ワクワクしながら読みました。
次の更新も楽しみにしています。
ご感想をありがとうございました。作者冥利に尽きます。
ちなみに、次の更新で最終回になる予定です。