異世界のマーケター

坂本 光陽

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カーニバル

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 サチコたちの暮らす城下町では、春の訪れとともにカーニバルが開催される。色とりどりの花が咲き乱れ、華やかなパレードが行われたり、若者たちがダンスを踊ったりする。一年のうちで最もにぎやかなイベントだった。

 三台の屋台では、ハッピー焼きが飛ぶように売れた。新鮮な食材を使っただけの効果があり、ハッピー焼きの豊かな風味は好評だった。マヨップの酸味と甘みも、すんなりと受け入れられたようだ。

 何といっても、焼き立てというのが大きな売りだった。それまでにも屋台はあったが、冷え切ったパンや果物などの販売店にすぎなかった。その場で焼き上げて食べさせるイートイン形式など、誰も見たことがなかったのだ。

 ハッピー焼きは一口サイズに切り分けて、きれいに皿に盛りつけた。箸やコテの代わりに、短めの串を使って食べてもらう。皿が足りなくなった時には、機転を利かせて、ハッピー焼きのテイクアウトも行った。

 ハッピー焼きを串に刺したものを格安で販売したのだ。現世のイカ焼きや焼き鳥のような感じである。客は代金を払って持ち帰るだけなので、テーブルやイス、皿は使わない。おかげで、客の回転率がアップした。

 カーニバルは一週間続いたのだが、ハッピー焼きは大好評だった。安くて美味しい上に、やわらかくて食べやすい。子供から高齢者まで客層は広く、連日完売になったのだ。

 売上は予想以上だったし、利益率も高く、今後の展開が期待できる結果だった。ショウと子供たちは大喜びだったし、サチコも自信を深めていた。カーニバル最終日の完売後には、慰労を兼ねて、アニーの宿屋でみんなに御馳走をふるまった。

 宴もたけなわという時、小さな出来事があった。サチコのはめていた〈願いの叶うブレスレット〉が、何の前触れもなく、突然千切れたのだ。
 ショウが目敏く見つけて、
「おっ、これで願いが叶うんじゃないか。姉ちゃん、どんな願い事をしたんだよ」

 サチコはにっこり笑って、首を横に振った。
「願い事はとっくに叶っているよ。父さんの腰が治ること。新たなビジネスがうまくいくこと。あと、みんなが元気に毎日すごせること」

 そう、たった一つを除いて、サチコの願い事はすべて叶っていた。その一つと言うのは、現世に無事戻ることである。転生を果たし、物心がつくようになってから、実は現世のことを考えない日はなかったのだ。

 しかし、ショウや子供たちと一緒に働いているうちに、考え方が変わってきたのだ。自分を慕ってくれる子供たちを見捨てるなど、できるはずがない。現世のことなど、どうでもよくなってしまったのだ。

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