異世界のマーケター

坂本 光陽

文字の大きさ
上 下
4 / 10

セールストーク

しおりを挟む
 サチコは現世では、人見知りだった。小学生の頃も友達を一緒に騒ぐことはほとんどなく、無口で消極的な女の子だった。

 現世の記憶があるせいか、異世界に転生してからは少しだけ変わった。人見知りは改善し、社交性と協調性を持ち合わせていた。なぜなら、現世で培った知識と情報があるため、大人のふるまいができたからだ。

 大人びた女の子というのが、周囲が抱くサチコの印象だった。だからこそ、アニーも宿屋でのブレスレット販売を認めたのである。

 アニーの宿屋は早朝から夜まで開いており、居酒屋は夕方から深夜まで営業している。両方を合わせて毎日百人ほど出入りしているので、ビジネスチャンスは大きいといえる。サチコはショウと一緒にブレスレットを宿屋に運び込み、片っ端から声をかけていった。

 例えば、こんな具合である。
「おじさん、少しだけ話を聞いてもらえませんか。東洋の信心深い国に、こんな言い伝えがあります。このブレスレットを身に着けておくと必ず願いが叶う、というのです。誰にでも願い事がありますよね。おじさんにも、きっとあると思います。まず、願い事を口に出しながら、ブレスレットを身に付けるんです。これは木の蔓でできています。だから、肌身はならずにいると、いつか千切れてしまうことになります。その時、おじさんの願いが叶うんですよ」

 つまり、〈願いが叶うブレスレット〉という触れ込みでセールスを行ったのだ。それはアニーに見せたメモと同じ内容であり、ショウにも同じように売らせた。

 東洋の信心深い国とは、もちろん現世の日本を指す。〈願いが叶うブレスレット〉の元ネタがミサンガであることは言うまでもない。

 サチコはターゲットをおじさんに絞った。おじさんのための商品というわけではない。おじさんに買わせる、という意味だ。例えば妻子への土産として買ってもらいたい、と目論んでいたのである。

 さて、ブレスレットの売れ行きはどうなったのか?
 初日は8個売れた。二日目は12個、三日目は15個。口コミが広がったのか、四日目は一気に35個、五日目の昼過ぎに在庫がなくなった。アニーの指定した一週間の期限を待たずに、ブレスレットは見事完売したのだ。

 アニーは満面の笑顔で、
「あんたには驚かされたよ。まさか、こんなに売れるとはね」
 サチコも安堵あんどの微笑みを浮かべ、
「幸運でした。皆さん、大喜びで買っていかれるんですもの」
「あんたには大急ぎで作ってもらわないと。もちろん、追加分のことだよ。すでに予約分が殺到しているんだ。のんびりしてはいられないよ」
「はい、商機は逃しません」

 サチコはショウと一緒に、追加分の制作にとりかかることにした。
 売れることは確定済みなので、やりがいは前回の二倍増しだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。

あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。 夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中) 笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。 え。この人、こんな人だったの(愕然) やだやだ、気持ち悪い。離婚一択! ※全15話。完結保証。 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。 今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 第三弾『妻の死で思い知らされました。』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。 ※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...