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A:飲み会パニック③
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「やばっ、会費は無事だろうな」
狗藤は慌てて、箱の中身を確認する。悪い予感が的中した。紙幣がきれいに消えている。残っているのは小銭だけだ。
狗藤は真っ青になった。マジ冗談にならない。一体、誰が盗んだのか? 辺りを見渡してみたが、それらしき不審人物は見当たらない。手がかりを得ようと、近くにいた連中を捕まえて尋ねてみたが、皆、泥酔しているので要領を得ない。
コピー用紙の空き箱に現金が入っていることを知っていたのは、飲み会の参加者だけだ。やはり、犯人はゼミ生の中にいるのか? ほんの15分、席を外しただけなのに、まんまと盗まれてしまうとは。
狗藤はがっくり肩を落とした。香典泥棒をされた受付係や振り込み詐欺の被害者の気持ちがよく理解できた。溜め息を吐きながら、残された小銭の山を数える。被害金額は何度数えても、17万5000円だった。
「ほんまのドアホやな。救いようがあらへんわ」
事情を知ったカノンは、他人事みたいに笑っている。
「で、犯人の心当たりは? やっぱ黒之原か?」
「カノンさんもそう思う?」
「とことんカネに汚い奴やし、守銭奴のいやーな臭いがプンプンするからな。でも、物的証拠も目撃者もおらへんのやろ。それじゃ、どこの世界でも逮捕はでけへん」
「ねぇ、カノンさん、【弁天鍵】で試してみたら、どうかな?」
「おいおい、前に言うたやろ。何で、みみっちい使い方しかできないんや。たった17万5000円のために、〈神のアイテム〉を使うんか?」
「でも、僕にとっては大金だよ。それだけあれば、二ヵ月は悠々と暮らせる」狗藤はいつになく、熱っぽく続ける。「黒之原さんが犯人なら、17万5000円をもっているはずだろ。請求して奪還できたら、決定的な証拠になるじゃないか」
「あかんな」カノンは人差し指を振る。「前にも言ったやろ。【弁天鍵】で請求すれば、相手の【未来金庫】の中身、預貯金やら不動産、乗用車、所有物などすべての資産が対象となるんや。【未来金庫】の文字通り、将来受け取る年金まで含んでいるんや。あくまで暫定的《ざんていてき》やけど、生涯資産ってわけやな」
「ええっ、マジで? 【弁天鍵】ってそういうものだったの?」
「ああ? 言うてなかったか?」
「年金とか生涯資産とかいう部分は聞いていません。初耳ですよ」
「そうか? なら、たった今、空っぽ頭に叩き込め。とにかく、黒之原の生涯資産が17万5000円未満やない限り、17万5000円は確実に回収できる。ただ、それだけのことや。【弁天鍵】はカネを奪う道具やからな。その金額を回収できても、盗みの証拠にはならへん」
「何だ、融通が効かないな」
そう呟いた時、狗藤の脳裏に閃くものがあった。
「万一、会費が足りなくなったら、声をかけなよ。少しぐらいなら、融通してやるからさ」
さっき言われたばかりのセリフである。
誰に言われたんだっけ。そうだ、比企田教授だ。だけど、教授は今、大学でマスコミ取材を受けている。となると、頼れるのはナンバー2だ。
「とにかく、猿渡さんに相談してみますよ」
「好きにせぇや。私は勝手に楽しんでるからな」
「カノンさん、ストリップは禁止ですからね」
そう釘を刺しておいて、狗藤は猿渡をさがした。
アルコールに弱い彼女は、上座の方で眠りこけていた。小さな身体を胎児のように丸めている。
「すいません。猿渡さん、起きて下さい」
声をかけても起きないので、身体をゆすってみた。すると、その手を両手で掴まれてしまった。寝ぼけているのか、狗藤の右手を胸の谷間に引き込んで放さない。
はずみで猿渡の膨らみに触れてしまった。意外と大きい。Dカップはあるかもしれない。
いや、それどころではない。目を覚まさないうちに引き抜こうとするが、両手でガッチリ抱え込まれている。気づくと、猿渡は寝ぼけたまま、口を開き始めていた。
まさか、このままでは、やばいっ!
ガブっ!
「あんぎゃああああっ!」
狗藤の悲鳴は、居酒屋の店内に響き渡った。
やっと、猿渡は目を覚ましてくれた。くっきりと腕に残った歯型は「名誉の負傷」である。
狗藤が17万5000円を盗まれたことを伝えると、猿渡の酔いは一気に醒めたらしい。
「一番悪いのは盗んだヤツだけど、それを招いたのは狗藤くんの不注意だね。会費ぐらい肌身離さず持ち歩きなさい。どうして、そんな不注意なのかな」
狗藤はひたすら頭を下げた。四方八方に土下座をして、参加者全員に謝り続けた。
「どうした? 何か厄介ごとか?」
タイミングよく登場したのは、中座していた比企田教授だった。狗藤はペコペコ頭を下げながら、事情を説明する。
「仕方ないね。立て替えておくよ」気前よくポンと17万5000円を出してくれた。
教授は狗藤の肩を叩いて、こう付け加えた。
「狗藤くん、これは貸しだからね。反省しているなら、その分はバイトで挽回してくれよ」
「踏み倒したら承知しないわよ。分割にしてでも、必ず返しなさい」と、猿渡が口を挟む。
「はい、もちろんです。約束します。何があっても絶対に返します」
でも内心では、苦学生割引ということで、半額ぐらいで勘弁してくれないかなぁ、などと虫のいいことを考えているのだった。
狗藤は慌てて、箱の中身を確認する。悪い予感が的中した。紙幣がきれいに消えている。残っているのは小銭だけだ。
狗藤は真っ青になった。マジ冗談にならない。一体、誰が盗んだのか? 辺りを見渡してみたが、それらしき不審人物は見当たらない。手がかりを得ようと、近くにいた連中を捕まえて尋ねてみたが、皆、泥酔しているので要領を得ない。
コピー用紙の空き箱に現金が入っていることを知っていたのは、飲み会の参加者だけだ。やはり、犯人はゼミ生の中にいるのか? ほんの15分、席を外しただけなのに、まんまと盗まれてしまうとは。
狗藤はがっくり肩を落とした。香典泥棒をされた受付係や振り込み詐欺の被害者の気持ちがよく理解できた。溜め息を吐きながら、残された小銭の山を数える。被害金額は何度数えても、17万5000円だった。
「ほんまのドアホやな。救いようがあらへんわ」
事情を知ったカノンは、他人事みたいに笑っている。
「で、犯人の心当たりは? やっぱ黒之原か?」
「カノンさんもそう思う?」
「とことんカネに汚い奴やし、守銭奴のいやーな臭いがプンプンするからな。でも、物的証拠も目撃者もおらへんのやろ。それじゃ、どこの世界でも逮捕はでけへん」
「ねぇ、カノンさん、【弁天鍵】で試してみたら、どうかな?」
「おいおい、前に言うたやろ。何で、みみっちい使い方しかできないんや。たった17万5000円のために、〈神のアイテム〉を使うんか?」
「でも、僕にとっては大金だよ。それだけあれば、二ヵ月は悠々と暮らせる」狗藤はいつになく、熱っぽく続ける。「黒之原さんが犯人なら、17万5000円をもっているはずだろ。請求して奪還できたら、決定的な証拠になるじゃないか」
「あかんな」カノンは人差し指を振る。「前にも言ったやろ。【弁天鍵】で請求すれば、相手の【未来金庫】の中身、預貯金やら不動産、乗用車、所有物などすべての資産が対象となるんや。【未来金庫】の文字通り、将来受け取る年金まで含んでいるんや。あくまで暫定的《ざんていてき》やけど、生涯資産ってわけやな」
「ええっ、マジで? 【弁天鍵】ってそういうものだったの?」
「ああ? 言うてなかったか?」
「年金とか生涯資産とかいう部分は聞いていません。初耳ですよ」
「そうか? なら、たった今、空っぽ頭に叩き込め。とにかく、黒之原の生涯資産が17万5000円未満やない限り、17万5000円は確実に回収できる。ただ、それだけのことや。【弁天鍵】はカネを奪う道具やからな。その金額を回収できても、盗みの証拠にはならへん」
「何だ、融通が効かないな」
そう呟いた時、狗藤の脳裏に閃くものがあった。
「万一、会費が足りなくなったら、声をかけなよ。少しぐらいなら、融通してやるからさ」
さっき言われたばかりのセリフである。
誰に言われたんだっけ。そうだ、比企田教授だ。だけど、教授は今、大学でマスコミ取材を受けている。となると、頼れるのはナンバー2だ。
「とにかく、猿渡さんに相談してみますよ」
「好きにせぇや。私は勝手に楽しんでるからな」
「カノンさん、ストリップは禁止ですからね」
そう釘を刺しておいて、狗藤は猿渡をさがした。
アルコールに弱い彼女は、上座の方で眠りこけていた。小さな身体を胎児のように丸めている。
「すいません。猿渡さん、起きて下さい」
声をかけても起きないので、身体をゆすってみた。すると、その手を両手で掴まれてしまった。寝ぼけているのか、狗藤の右手を胸の谷間に引き込んで放さない。
はずみで猿渡の膨らみに触れてしまった。意外と大きい。Dカップはあるかもしれない。
いや、それどころではない。目を覚まさないうちに引き抜こうとするが、両手でガッチリ抱え込まれている。気づくと、猿渡は寝ぼけたまま、口を開き始めていた。
まさか、このままでは、やばいっ!
ガブっ!
「あんぎゃああああっ!」
狗藤の悲鳴は、居酒屋の店内に響き渡った。
やっと、猿渡は目を覚ましてくれた。くっきりと腕に残った歯型は「名誉の負傷」である。
狗藤が17万5000円を盗まれたことを伝えると、猿渡の酔いは一気に醒めたらしい。
「一番悪いのは盗んだヤツだけど、それを招いたのは狗藤くんの不注意だね。会費ぐらい肌身離さず持ち歩きなさい。どうして、そんな不注意なのかな」
狗藤はひたすら頭を下げた。四方八方に土下座をして、参加者全員に謝り続けた。
「どうした? 何か厄介ごとか?」
タイミングよく登場したのは、中座していた比企田教授だった。狗藤はペコペコ頭を下げながら、事情を説明する。
「仕方ないね。立て替えておくよ」気前よくポンと17万5000円を出してくれた。
教授は狗藤の肩を叩いて、こう付け加えた。
「狗藤くん、これは貸しだからね。反省しているなら、その分はバイトで挽回してくれよ」
「踏み倒したら承知しないわよ。分割にしてでも、必ず返しなさい」と、猿渡が口を挟む。
「はい、もちろんです。約束します。何があっても絶対に返します」
でも内心では、苦学生割引ということで、半額ぐらいで勘弁してくれないかなぁ、などと虫のいいことを考えているのだった。
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