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やわらかな唇⑨

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「××くんの家族と連絡がとれないことは言ったよね。複雑な家庭らしくて、父親の借金のせいで一家離散の状態のようだ」

「初めて知りました。親兄弟の話は彼とは全然しなかったので」

「どうやら、××くんに一番近いのは君らしい。正月以来会っていないのは聞いたけど、何か受け取ったり預かったりしていないかな」

「郵便物のやりとり、という意味ですか?」
「それも含めて、例えば、別れ際に何か受け取ったとか……」
「ないですね。例えば、どんなものですか?」

「それはわからないよ」宮下さんは肩をすくめた。「貸金庫の鍵やコインロッカーの暗証番号かもしれないし、何かの資料かもしれない」

 口元が少し引きつった笑顔だった。なるほど、彼の探しているものが見えた気がした。

「××は何か厄介なものを持って逃げていたんですか?」

 宮下さんは笑顔のままだ。僕はさりげなく言ってみた。

「〈半グレ集団〉の犯行メモとか構成員名簿とか? その程度ならネットで流出しても、大した騒ぎにならないでしょう?」

 構成員の中に警察官僚の子供が含まれていれば話は別だが。

「ただ、僕には無関係ですし、何も受け取ってはいませんけどね」
「本当だろうね。もし君が嘘を吐いていたら、後々面倒なことになるよ」
「怖いなぁ。僕は無力で臆病者だから、国家権力に逆らったりしませんよ」

 本心だった。警察を敵に回したら、コールボーイの僕に勝ち目はない。
「誓って、嘘は吐いていません」

 笑顔でそう言った時、なぜか、カズの笑顔が脳裏に浮かんだ。正月の早朝、彼が僕のマンションから去っていく時の記憶だろう。(『裸のプリンスⅢ』「ボーイズ・エクスタシー」参照)

 朝陽を浴びたカズは光り輝いていた。バラ色の唇はいかにもやわらかそうだった。

 そうだ、あの時、カズと唇を交わしたい衝動にかられたのだが、僕はそれを力づくで抑え込んだ。遺体と対面した時以上に、僕の心は大きく揺れていたのだ。

 やばいな。目の前には宮下さんがいるのに。

 僕は顔を伏せ、コーヒーを飲む振りをして、あふれそうな涙を必死にこらえた。

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