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やわらかな唇④

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「元同僚かもしれない、という話です。人違いならいいんだけど、とりあえずは……」

 真由莉さんは右の掌を僕に向けて、「皆まで言うな」のポーズをとる。

「うん、とりあえず、今日は解放してあげる。残念だけど、また時間のある時にゆっくり楽しみましょう」
「本当にすいません。この埋め合わせは必ずします」

 僕は身支度を済ませると、何度も頭を下げて、真由莉さんの部屋を後にした。今日がオフなのは幸いだった。マンションの玄関を出たところで、僕はココナさんに連絡を入れる。

「そう、こっちには何も連絡は入っていないけど、シュウに直接かけてきたということは、向こうの話に嘘はなさそうね」と、ココナさんは意外なことを言う。

「嘘というと、コールボーイの僕を誘き出して、いきなり風営法違反で逮捕する、とかですか?」

 そんな可能性は考えてもいなかった。コールボーイ一人を検挙するのに、こんなに手間暇をかけていては割に合わないだろう。

「僕が麻布署に出向くのに、ココナさんは反対ですか?」

「あまり、お勧めしないな。警察の汚いやり口には、嫌というほど苦しめられてきたから、昔から良い印象が全然ないのよ」

「良い印象を持ってないのは、僕も同じですが……」

 ここで思い出したのは、少し前に、僕の指名した山本さんのことだ。彼女は警察官でありながら、僕だけでなくカズとも関係をもっている。山本さんというのは仮名で、本名は確かサキだった。

 彼女が警察官であることを見抜けなかったことで、僕はココナさんの責任を問うたけど、そのことを蒸し返すつもりはない。ただ、山本さんは交通課で、宮下さんは生活安全課だけど、同じ麻布署勤務だ。

「例の山本さんは、今回の保険になりませんか?」

 つまり、僕を逮捕するような事態になれば、署員の男遊びを公にするぞ、というわけだ。

「幹部クラスならともかく、一女性警察官では荷が重いでしょうね」

 ココナさんは一笑に付した。確かにそうかもしれない。一個人が警察組織に立ち向かうのは、確かに〈蟷螂の斧〉のようなものだろう。

 だから、僕は考え方を変えてみる。個人の自由意志は尊重されてしかるべきだ。

「ココナさん、幸か不幸か、今日の僕はオフです。休日の過ごし方は、僕の自由にさせてもらえませんか?」

「うん、結局はそういうことになるね。君は個人事業者であって、私はマネージメントをしているだけにすぎない。でも、わかってくれないかな。少し嫌な予感がするんだよ」
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