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やわらかな唇③

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 麻布警察署というと、『キャッスル』時代に何度も玄関前を通り過ぎたけど、中に入ったことは一度もない。

「シュウさん?」
「はい、聞いています」
「あの、お尋ねしたいのは、××さんの件なのですが……」

 心配していたことが起こったらしい。××とは、カズの本当の名字である。平静を装って、僕は訊ねる。

「××がどうかしましたか?」
「はい、その前にすいません、率直に伺いますが、シュウさんは××さんと親しかったですか?」
「以前はそうでしたが、最近は全然会っていません。正月に会ったきりです」
「そうですか」

 どうやら、宮下さんの手元にカズのスマホがあり、登録されていた番号をかけていて、僕の番になったということらしい。

「あの、××は無事なんでしょうか?」しびれを切らして、僕は訊ねた。「警察から連絡なんて初めてですから……。ひょっとして、××が交通事故にあったとか、犯罪に巻き込まれたとか……」

「すいません。最初に言わないといけないのに、つい後回しにしてしまいました」宮下さんは少し間をおいてから、こう続けた。「××さんは昨晩、池袋で亡くなりました。車に轢かれたんです。目撃者の証言によると、かなり乱暴な運転の車だったようです」

 警察官の声がにわかに遠くなった。薄紙の向こうから話しているようだった。

「事件事故両面から捜査中です」とか、「××さんの家族と連絡がつかない」とか、警察官は話し続けている。

 カズが死んだ。今、そう言ったのか? まさか、それは何かの間違いだ。僕の頭はカズの死を拒否していた。
まともな判断力を取り戻すまで、たっぷり数分はかかったと思う。

 だが、本当にカズなのだろうか? まだ、信じられない。人違いの可能性は0ではないはずだ。宮下さんにそう訴えると、思わぬ答えが返ってきた。

「あなたの眼で確認してもらえませんか? 御足労ですが、署まで来てもらえたいのです」

 宮下さんによると、亡くなった男は身分証明書の類を持っていなかったという。所持していたスマホの契約書から、そう見ているだけだ。やはり、人違いの可能性は0ではない。

「わかりました。できるだけ早く、そちらにうかがいます」

 僕は宮下さんに、そう伝えた。気がつくと、真由莉さんがそばにいた。

「大事な人が亡くなったの?」そう言って、僕の背中を抱いてくれた。

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