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悦楽のアクトレス②

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 幸い、満足していただけたようだ。メイさんは今、僕の胸に後頭部を預けて、水蜜桃への後戯を受けている。

「やっぱり、シュウくんは最高。他のバカな男どもと全然ちがう」
「ありがとうございます」

「自分勝手にがっつくばかりで、女を楽しませるなんて考えもしていない。例えば、共演したNのセックスなんて最低よ」

 芸能界にうとい僕は、Nという俳優を知らない。毎年、テレビドラマの主役を務める、相当な売れっ子らしいのだが。

「ねぇ、シュウくん、しばらくこっちにいなさいよ」メイさんはそんなことを言い出した。「うんとギャラをはずんであげるからさ」

「ありがとうございます。この島でバカンスができたら、本当に素敵ですね。ただ、すいません、次のお仕事が入っていまして」

 後戯を続けながら、僕は残念そうに説明する。実は、スケジュールが詰まっているのだ。慌ただしいが、明日の朝一番で帰らなければならない。

「そんなぁ、せっかく会えたのに、どうにかならないの?」

 大きな眼をクリクリさせて、メイさんは甘えてくる。

「申し訳ありません。その分、精一杯つとめますので」

 彼女が振り返って、眼を閉じてきたので、僕はそっと唇を交わす。さぁ、二回目に入ろうか。そう思った時、どこかでスマホが鳴り始めた。

 僕のスマホはコテージに入る前に、電源を切ってある。メイさんのスマホだった。無視してこのまま続ける手もあったけど、コール音は執拗だった。

「ごめんなさい。ちょっと待って」

 メイさんは僕の手から逃れて、サイドテーブルのクラッチバッグに手を伸ばす。スマホの画面を見るや、溜息を吐いた。

「噂をすれば影、ね。さっき話に出たNよ。何の用件かは察しがつくな。私、都合のいい女じゃないんですけど」

 普通なら電源を切るところだけど、居留守を使える相手ではないらしい。メイさんは苦笑して電話に出た。僕は物音を立てないように注意する。

「今、立て込んでいるんです。折り返し、連絡しますから」

 メイさんは手短に電話を切ろうとするけど、Nさんがそれを許さないようだ。

「そばに男がいるんだろ」とか「今からそっちに行くからな」とか、そんな声が漏れ聞こえてくる。メイさんが僕の方を振り返り、備えつけのミニ冷蔵庫を指さした。

「悪いけど待ってて。好きなものを飲んでいいから」ということだろう。僕はミネラルウォーターを飲みながら、通話が終わるのを待つ。
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