目覚めた男

ナマケモノ

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目覚めた男

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 受付の人は電話で二言のやりとりをして、木下椿の場所へ案内した。
 ドアをノックすると、中からどうぞと返ってきて入る。
 青年の家でみた画像と同じだ。
 瞳の色は赤い。 みていると吸いこまれそうな目力をしていた。
 彼女はそこへどうぞと促す。
 部屋にはベッドひとつ、丸いテーブルとイスが二脚。
 他にバスルームとトイレ、洗面所。
 部屋全体を見渡せば、キレイだ。
 腰をおろし、向かい合う。
 しばらくの沈黙があり、自ら口をひらく。
「あなたは木下椿さんですよね?」
 彼女はこくりとうなずく。
 緊張している面持ちだ。
 彼女からすれば、いきなり訪れて何だろうと警戒をしているのだろう。
 警戒をとくには思いきり訳を話すべきだ。




「なぜ、僕にお礼を言ったのか気になり今日は来たわけなんです」
「どうやって私だと分かったんですか?」
「長谷川博士の子孫に協力してもらい、名前を知りここにいるのではないかと考えたんです」
「そ、そうですか・・・」と言って何か考えている素振りをみせた。
 僕は彼女が考えている間は外を眺める。
 これで訳を話してくれるのかと、あれこれ頭を駆けめぐらせていた。
「本当に長谷川博士から知ったんですよね?」
「そうです。 いきなり訪れて戸惑っているかもしれませんが、お礼を言われた訳を知りたいだけです」
「礼を言ったわけは探してもらうためです」
 探してもらう? 何を言っているんだ、この人は。
「私の母親は早川由実です。 2030年の私はあなたの治療するのをニュースで目にしました。 ある考えが浮かんだんです。 カプセルに入れば、未来をみることができる。 その考えを母親に伝えました。 そしたら、うなずきある条件をのんでほしいと口にしたのです」




 早川由実とは確か・・・ 2010年のときの彼女だったはずの人物だ。
 ある条件とは何だろうかと気になり、僕は話を促す。
「早川由実はどうなっているかを伝えてほしいと。 私は承諾して、長谷川博士には未来をみるということは伏せました。 あくまで、中村守に真実を伝えるために入りたいと口にしましたね。 博士は異例のことでは、あるがやろうと言ってカプセルに入らせてもらいました」
 目の前の女性は未来をみるためだけに入ったわけか。
 伝言を伝えるのはおまけ程度だろう。
 木下椿は母親のことを告げた。
 今の僕からして、過去に恋人の関係があったとはいえどうでもいいと冷たく感じていた。
 早川姓から夫の姓である木下の名字になっていたのだ。
 子どもは目の前にいる木下椿だけがひとりだけだ。
 話によると早川由実は初恋の相手であり、心のどこかで引っかかっていたようである。
 話を聞かされても思い出すことはない。




「君はどうして記憶を保っているんだい?」
「これは世間で知らせていませんが、記憶を保つ理論はできていたようなんです。 しかし、ネズミでは成功しているものの人間はまだやっていなかったんです」
「よく受けようと思ったね?」
「それは記憶があったほうがいいですからね。 起きたら自分のことを思い出せないなんてことはイヤだったんです」
「結果は成功したわけか」
「残念なことを告げなければなりません」
 彼女は口をおさえ、言おうかためらっているようにみえる。
 決心したようでこっちをまっすぐ見据えた。
「あなたの場合は私と同じ方法はできません。 薬の成分が違うようなんです」
「つまり、こうかい。 記憶を取り戻すだけに入ったとしても無理な話なんだね」
 彼女は小さくうなずく。
 何ということだ。
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