恋のスーパーボール

茶野森かのこ

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壱哉いちやが来てからは、瑞季みずきの知らない所であやかしに対しての対策を取っていたので、被害は格段に少なくなっていった。

そしてそれは、心の内までも。

亡くなった恋人、その瑞季の悲しみを、壱哉が三ヶ月かけて徐々に埋めていった。妖は自分にとっての糧がなくなると分かり、焦って表に出てきたのだろう。あの赤い橋は、事故の多い橋として有名だった。それは、あの世とこの世の境だったからかもしれない。だから妖も、自分のテリトリーを作れたし、瑞希に記憶障害が起きたのも、その妖のテリトリーの中で無理に意識を奪われた事が原因だろう。それは、よくある事だ、今まで壱哉が恋してきた人達もそうだった。

先程、光谷《みつたに》も言っていたが、壱哉は、何故か勤める会社が次々と閉店、倒産していくという運命にあり、好きになる相手は、まるで導かれるように妖に取り憑かれた人を選んでしまう。祓い屋業にとっては、妖レーダー的役割をいつの間にか担っていた。

先程塩を撒かれたのは、壱哉の体質のせいでこの会社が倒産しない為だ。お陰様で、壱哉は一年以上同じ会社で働く事が出来ている。だが、恋愛ばかりはどうにもならない。
恋しい相手の憑きものを祓えば、相手は幸せそうに壱哉の前から去っていく。でも今回は違う、一度は受け入れて貰えたのだ、その悲しみは半端ない。

「あー…俺の夏が終わったー…」

デスクに突っ伏した壱哉は、ぼんやりとスーパーボールを見つめた。瑞季と一緒に掬ったスーパーボールだ、見つめていれば、瑞季の笑顔が自然と浮かんできて、壱哉の心をきゅっと苦しめた。
あの時の自分に言ってやりたい、あまり浮かれてるなよと、この後、悲しい結末が待ってるんだからなと。
大きな溜め息と共に悲しみの海に沈む壱哉だが、そんな壱哉の元へ、速見はやみがすっと近づいてきた。

「まだ、夏は終わらないんじゃない?」
「え?」

速見が耳元で囁くのはいつもの事なので驚かないが、その言葉の意味が分からない。
首を傾げていると、間もなく壱哉のスマホが着信を告げた。そこには瑞季の名前が表示されており、壱哉は文字通り飛びついた。

「も、もしもし、瑞季さん!?」
『もしもし、急にごめんね…ちょっと聞きたい事があって』
「な、なんですか!?」

まさか、祭りでの事を何か思い出したのかと、僅かな期待が壱哉の胸を逸らせていく。

『俺の荷物から…スーパーボールが見つかって、これ昨日見た夢の中の物と一緒で…俺、昨日、壱哉君と、…祭りに行ってたのかな?』

恐る恐るといった様子で尋ねる瑞季の声は、困惑と緊張が入り交じり、だけど、どこか縋るようでもある。

これは、言っても良いのだろうか、いや、逆に瑞季に嫌な思いをさせないか。

一筋の光が見えたと思ったが、瑞季にとっての自分の存在が急に不安に思えてきて、壱哉が思わず速見を振り返ると、彼女は無表情のまま、ぐっと親指を立てている。速見の無表情もいつもの事だ、そして彼女は、その霊力から少し先の未来を予知する力があるという。

その親指の意味するところは、つまり。
壱哉は途端に高鳴り出す胸を押さえ、そっと深呼吸をした。

まだ、瑞季の側に居ても良いのなら。灯りだす希望にその願いを込めて、壱哉は瑞季と向き合った。

「瑞季さん、俺ともう一度会ってくれますか?今度は…仕事以外で」




この夏、壱哉はかけがえのない人と出会った。その手の中には、二人の恋を繋いだスーパーボールが、キラキラと輝いていた。







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