4 / 6
4
しおりを挟むまさに夢のような展開だ。格好いい所なんて何一つ見せられなかったのに、好きな人と想いを通わせ、今はごく自然に手を繋いでいる。
壱哉はあまりにも幸せで、完全に浮かれていた。
だからつい、油断していた。瑞季の首元で揺れ動く何者かの苛立ちを、この手に掴んだような気でいた。
そろそろ宿に戻ろうと、他愛の無い話をしながら赤い橋に差し掛かった時、壱哉はようやく、自分の目論見が外れていた事に気がついた。背後に聞こえた祭り囃子が、突然聞こえなくなった。かと思えば、急に耳元で聞こえたりする。近づけば遠退く祭り囃子、辺りには霧が立ち込め、まるで、二人を霧の中に閉じ込めようとしてしているかのようだ。
「…瑞季さん、早く行こう」
嫌な予感しかしない、壱哉は焦りから、瑞季の手を引いて足早に橋の上を駆け抜けようとした。だが、橋の中腹まで来た時、ふと、今まで聞こえていた祭り囃子が完全に止まった。続けて、く、と手を引かれ、壱哉は足を止めた。
そして、振り返った先で気がついた、町の空気が一変している事に。明るかった町は暗闇に呑まれ、灯りがあるのは、瑞季の背後だけ。
「瑞季さん!」
壱哉は瑞季を引き寄せ、その胸に抱き留める。瑞季はぐったりとしており、その背中からは、金色に輝く粉のようなものが舞っていた。
「瑞季さん、しっかり!」
その背に手をあて気づく、輝く粉は瑞季の背中から湧き出ている事に。この不可思議な現象を、壱哉はよく知っていた。だからこそ、自分の危機管理の無さに、壱哉は腹を立てていた。
恋に浮かれている場合ではない、瑞季はその命を狙われ続けていたのだ。
「誰だ!出てこい!」
瑞季を抱きしめ、壱哉は周囲を窺う。すると、欄干の上でカランと音が鳴った。見上げると、首に鈴をつけた狐が座っていた。
「お前か、取り憑いていたのは。三ヶ月前からこの人の元に居るよな」
狐の口元が緩む。鮮やかな黄金色の毛並みが、暗闇に眩しく揺らめいた。それもこれも、瑞季を犠牲にして出来たものかと思うと、壱哉はふつふつと怒りが込み上げてきた。
「さて、いつだったか忘れたよ。こいつの悲しみの味は極上だった、深くて暗い悲しみは味わい深い。何故、君は私の姿が見えている、君が来てからというもの満足に食事も出来やしない」
狐の周囲の霧が色濃くなり、壱哉は舌打ちした。このままでは、暗闇に呑み込まれてしまう。
「もうおしまいだ、お前は長く人に取り憑きすぎた、あちらの世界に帰ってもらう」
「言うことを聞くと思うか?私はまだ、こいつの暗闇を食い尽くしていない」
「暗闇なんてない、この人には俺がいる」
壱哉は瑞季の体を片腕で抱き留めたまま、懐から小瓶を取り出した。
「そんなもの、どうするつもりだ」
「今は色々と技術が発達してるんだよ。言っただろ、帰ってもらうよ。あんたはこの人に指一本触れられない」
「人間ごときに何が出来る!そいつを寄越せ!」
狐が牙をむき、壱哉に飛びかかってきた。その姿は一瞬で巨大な獣へと姿を変えた。大きな耳を生やした化け狐は、耳まで口が裂けており、男の一人や二人、簡単に飲み込んでしまいそうな大きさだ。剥き出した大きな牙からは唾液が滴り落ち、橋を酸で溶かしていく。
それでも、壱哉の表情は変わらなかった。
「悪いけど強制送還だ」
その伸ばした腕が、巨大な口へ呑み込まれた時、小瓶の蓋が開き、巨大な狐の牙が、その体が、面白いくらいみるみる内に小瓶の中へと吸い込まれていった。
それはあっという間の出来事で、断末魔の叫びと共に狐が瓶へと収まると、周囲に漂っていた霧が晴れ、その場の空気が一瞬で変わった。祭り囃子が耳に届き、振り返れば、賑やかな露店や子供達の笑い声が聞こえてくる。どうやら、元の世界に戻ってきたようだ。
「…さすが、技術の進歩に感謝だな」
手の平の小瓶に目を向けると、黄金色に満ちた瓶の中で、狐が爪を立て、牙を剥いているのが分かったが、出られそうな様子もない。
それを確認すると、壱哉は瑞季の肩を軽く揺すった。ゆっくりと瑞季の瞼が開くと、壱哉はようやく安堵の息を吐いた。
「…壱哉君?」
「大丈夫ですか?良かった気づいて。ちょっと動きますね」
「え、うわ!」
壱哉は瑞季を横抱きに抱えて歩き出す。瑞季は真っ赤になって抵抗しようとしたが、すぐに頭痛を訴え大人しくなった。
「そのままでいた方が良いですよ。…瑞季さん、急に倒れちゃったんですよ、大丈夫ですか?」
「…うん、大丈夫。ごめんね、せっかくのお祭りなのに」
「いいえ、俺は一緒にいられるだけで楽しいですから」
「…はは、なんだか口説かれてるみたいだ」
照れ笑う顔に、壱哉は思わず足を止めた。その様子に、違和感を感じたからだ。
「俺、夢見てたんだ」
「…夢、ですか?」
「うん、祭りに行った夢、あの人と…幸せだったな」
そう言って瞼を閉じた瑞季は、吸い込まれていくように眠りについてしまった。
「…え、夢?」
嫌な予感がする、とてもとても嫌な予感がする。先程とは全く性質の違う胸騒ぎだったが、壱哉にはこの感覚も、よく覚えがあるものだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる