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天使と死神49
しおりを挟む昨夜、フウガは一人、下界の支部に向かった。
神様が戻った事を報告しに行く為だ。一人で向かったのは、それが常というのもあるが、悪魔とやり合った後だ、もしもの場合に備えて、アリアが神様の側にいた方が良いと思ったからだった。もし何かが起きた時、役に立つのはアリアの力だ。無茶をさせたくはないが、悪魔の仲間が何もしてこないという保証もない。
それに、悪魔がアリアを襲う事も考えられる。もし今、神様から離れた場所で束になって襲われでもしたら、アリアは先程のような力が出せるのか。翼や火傷のような傷跡が治ったとはいえ、心配は心配だ。
だから、フウガは自分と居るより神社に残った方が、アリアにとっても神様にとっても安全だと思った。それでも心配を抱えながら出掛けて行った訳だが、まさか、帰ってきたら普通に寝ているとは思うまい。想定外ではあったが、何事もなく体を休められたなら、まぁ、結果的に良かったのだろうと自分を納得させた。
そんな未来を想像もせず、フウガは空に呼び出した愛車に乗り込み、支部に向かった。通常業務に戻った死神達は、休む間もなく空を行き交い、たまに魂となった半透明の人間と追いかけっこをしている。天界への説得に失敗したのだろう。あんな騒動があったばかりだが、空はすっかり日常の風景で、時折すれ違う同僚達には、大変だったね、お疲れ様と、お互いを労った。
支部の悪魔対策課も、相変わらずがらんとしていた。今回は、特に大慌てで部屋を飛び出して行った様子が窺える。すっかり伸びきっているカップ麺や、包装を解いたのに一口も齧られていないおにぎり、開けっぱなしの引き出しに、倒れたままの椅子、鞍木地町を示す地図が広げられ、あちこちに丸印が付けられている。
天使の姿がないのを見ると、他の任務に当たっている者もいるのだろうが、大体の天使が鞍木地町に出向いているのだとフウガは思った。見落とした異変はないか、町が本来の姿のままであるのか、細かくチェックを行っているのだろう。
神社の神様が事を治めても、天使には天界への報告義務がある。どの神様も皆、平等に敬うべき存在ではあるが、天使や死神にとって天界の神様は上司でもある。なので、何をするにもそちらの認めが必要で、その為に、神様が治めた町の隅々を、改めて確認しなければならなかった。
恐らく翌日には、神使や神様にも改めて話を聞きに来るだろう。手間ではあるが、それがルールなら、従わなければならない。
フウガは、天使長のヤエサカの部屋をノックした。
ヤエサカはいつものようにフウガを出迎え、そして労いの言葉をかけてくれた。その顔には、疲れと安堵がない交ぜになっていて、彼女も人知れず戦っていた事を知る。
先ずは報告を済ませるべく、フウガは神様が失踪した理由、神様が戻ってきた経緯について伝えた。報告が終わると、ヤエサカは、ふぅと息を吐いて、フウガを見上げた。
「神様には勿論だけど、君達には助けられたよ。一時はどうなる事かと思ったけど、皆、無事で良かった。神様を連れ戻してくれてありがとう、君達が尽力してくれたのは、部下からも聞いてるよ」
「八重殿と、アリアのお陰です」
「君もね」
「いえ、私は…」
「君がいなければ、誰かは犠牲になっていたかもしれない。君達、皆の手柄だ。本当に感謝してる」
頭を下げたヤエサカに、フウガは躊躇いながらも頭を下げた。
それから、ヤエサカは居ずまいを直し、机の上で手を組み直すと、言いづらそうに口を開いた。
「それで、本来なら、暫く休暇をと言いたい所なんだけど…」
「新たな任務ですか?」
フウガは戸惑いを浮かべた。いつもなら悩む事もないが、アリアの事が気がかりだった。
「そうなんだ…悪いけど、上からの指示でね、もう少し鞍木地の町に止まって欲しいんだ」
「…神様が戻ったのにですか?」
「神様が、また仕事を放棄しないか見張って欲しいんだって。それに、今の神様の力は不安定だろうからって」
「…あれだけの力があれば、問題ないようにも思いますが」
「あれは、一時的なものだろう?あの神様が、常にあれだけの力が出せるかは分からない。天界も、あの神様の力が弱まっているのは分かってる…まあ、居るだけで悪魔の抑止力にはなるから、今までも何も手を貸さなかったのかもしれないけど。でも、もしまた、今回のような事が起きれば、あの神様もどうなるのか…」
ヤエサカは表情を沈め、フウガは僅かに眉を寄せた。胸の奥が靄にくるまれるような気がして、落ち着かなくなる。
「何か対策は打たないんですか?そもそも、神様が逃げ出さなくても、神様の力が元に戻るかは分かりませんし、その間に悪魔が押し寄せでもしたら、それこそまた大事になりますよ」
「そうだけど、私達に何が出来る?うちの部下が何人いようが、悪魔を捕らえる事は出来ない。アリアに頼るぐらいしか、」
「アリアだって、天使ですよ」
「それは勿論、」
言いかけて、ヤエサカは言葉を止めた。フウガの顔を見て、戸惑いに瞳を揺らしている。
「神様の代わりに下界を守り続けるのですか?それでは彼が、」
頭に過る、アリアの力。フウガの体を駆け巡る光は赦しを与えているようで、悪魔を押さえつけた力は、アリアの奥底から引き出されたもののような気がした。
思い一つで引き出したそれは、まるで神様の力みたいで。
そう思いかけたところで何かが引っ掛かり、フウガは言葉を止めた。
「…どうかしたかい?」
言葉を止めて俯いたフウガに、ヤエサカは困惑した様子で席から立ち上がった。
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