35 / 58
天使と死神35
しおりを挟む次々に巻き起こる空の変化に、地上では、自分に何が起きているのかも分からないまま、次々と人が倒れていく。神様は空の上でその様子をただ見つめ、やがて、揺らした瞳は恐れるように、夜を視界から遠ざけた。
神様がいるにも関わらず、悪魔が堂々と人を襲えるのは、神様に力がない事を知っているからだ。この二週間、悪魔の勢いが弱まってきたと感じていたが、それは、フウガが悪魔の力を奪う事でその力を弱らせていたのではなく、悪魔がこの日の為に力を蓄えていたからだろう。
神様はアリアに力を求めた、もう自分ではどうにもならない、八重の事しか考えられないのだ、そんな神様に何が出来るというのか。悪魔はそう思ったのかもしれない。
この空のどこかで、悪魔はきっとほくそ笑んでいる。
神様は、ぎゅっと拳を握った。それでも、自分にはどうする事も出来ない。
「…妖様、」
記憶の中よりも小さく見えるその背中に、八重はいつかのように呼びかけた。はっとした様子で振り返った神様に、八重もまた瞳を見開いた。
神様の瞳に浮かんで見えた恐怖と後悔に、かける筈の言葉が宙に浮く。それでも、その心の側に在りたくて八重は手を伸ばしたが、神様は苦しそうに眉を寄せりだけで、その瞳を逸らしてしまった。八重は触れる事を躊躇い、思いをそっとその手に握りしめるしかなかった。
神様は八重に背を向け、自身の手に視線を落とした。握りしめた拳を開いて思い起こすのは、昔、悪魔と戦った日の事だ。
八重を傷つけた、八重から力を奪ってしまった日の事。
***
神様が悪魔と戦ったあの日、八重に背中を押されて、神様は悪魔を祓う事が出来た。悪魔が消えれば、共にやって来た嵐も姿を消して、澄んだ空には丸い月が顔を覗かせていた。
だが、静けさを取り戻した町の景色は、日常の姿とはほど遠いものだった。
家屋の窓や壁が崩れ、店舗のシャッターも曲がり、どこからか飛んで来たのか、看板が畑を荒らしている。学校の校庭や道路にも、木々が倒れ、物が散乱した状態だ。折れた電柱が道を塞ぎ、電気や水道にも影響を及ぼす中、空からは、はらはらと雪が降り始めていた。
人々は灯りを失った夜の中、寒さに身を震わせながらも町に出て、声を掛け合っている。川も裏山も危ないという声や、避難所になっている学校へと呼び掛ける声、救助が必要な人はいないか、怪我人は、この町に何が起きたのか。
神様も神使と手分けをして、人々と同じように町の状況を把握しようと、夜の町を駆けていた。周囲の様子を見ながらも、気にかけるのは八重の事だ。彼女は無事なのか、今どこにいるのか。早くその顔を見て安心したくて、足早に八重の家へと向かった。
八重の家は、建物自体は嵐による影響は少なかった。電気等は止まっているようだが、窓の向こうには仄かな灯りが見える。ロウソクの灯りだろうか。
だが、庭は酷い状態だった。あれだけ綺麗に手入れをされていた花壇は、花々がくしゃりと萎れて崩れた塀の下敷きになり、鉢植えは転がって割れ、庭木も葉を散らしている。
そして、あの桜も。幹の中程辺りから、風雨に耐えきれずに避け、折れてしまっていた。
その桜を、神様は呆然と見つめていた。次の春は花が開くだろうか、もう少しだけもってくれるだろうか、そうしたら、八重は、八重とー。
望んではいけない夢だ、だが、自分で遠ざけておきながらも、どこかで期待をしてしまっていた。その淡い期待が打ち砕かれ、何よりもあれだけ愛された桜の無惨な姿に、神様は言葉を失った。
枯れるよりも悲しいその姿に、神様は胸を痛めながら、折れた幹に手を触れた。桜も泣いているようだった。
「八重!八重を見ませんでしたか?」
その時だ、家の前の通りから、八重を探す母親の声が聞こえてきた。その必死な様子に、八重が家に戻っていないと知る。途端に嫌な胸騒ぎを覚え、神様は急かされるように、慌てて町へ飛び出した。
八重を探しながら混乱の町を再び駆け、瓦礫に埋もれてしまった人には見えない救助を、悪魔に心を奪われてしまった人には、失われた分の命を注ぎ込んだ。
でも、どこにも八重がいない。焦りが膨らむが、町の人を見捨てて行く事は出来ない。神使達や、やって来た天界の者達も、被害に遭った人々に、見えないフォローをして駆け回っている。
そんな中、「神様!」と泣き叫ぶ声に、神様は足を止めた。狸もどきだ。その体は嵐のせいで濡れそぼり、赤い羽織りもすっかり傷だらけだった。
「お前、無事だったか!良かった、」
「八重さんが大変なんです!」
「え…?」
「妖を救おうとして川に落ちて…!側に居ても何も出来なくて!ごめんなさい、ごめんなさい…!」
足にしがみつく狸もどきに、神様は戸惑いながらもその気持ちを落ち着かせようと、しゃがんでその背中を擦り、声を掛けた。
「悪くない、お前は何も悪くないから。八重は今、どこにいる?」
冷静を装い尋ねたが、胸の内では心臓がけたたましく打ちつけており、生きた心地がしないという感情を、神様はこの時初めて知った気がしていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
借金背負ったので死ぬ気でダンジョン行ったら人生変わった件 やけくそで潜った最凶の迷宮で瀕死の国民的美少女を救ってみた
羽黒 楓
ファンタジー
旧題:借金背負ったので兄妹で死のうと生還不可能の最難関ダンジョンに二人で潜ったら瀕死の人気美少女配信者を助けちゃったので連れて帰るしかない件
借金一億二千万円! もう駄目だ! 二人で心中しようと配信しながらSSS級ダンジョンに潜った俺たち兄妹。そしたらその下層階で国民的人気配信者の女の子が遭難していた! 助けてあげたらどんどんとスパチャが入ってくるじゃん! ってかもはや社会現象じゃん! 俺のスキルは【マネーインジェクション】! 預金残高を消費してパワーにし、それを自分や他人に注射してパワーアップさせる能力。ほらお前ら、この子を助けたければどんどんスパチャしまくれ! その金でパワーを女の子たちに注入注入! これだけ金あれば借金返せそう、もうこうなりゃ絶対に生還するぞ! 最難関ダンジョンだけど、絶対に生きて脱出するぞ! どんな手を使ってでも!
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる