天使と死神

茶野森かのこ

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天使と死神33

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アリアはフウガの話を聞きながら、死神の車に貼りつく神様を見上げた。

「悪魔とやりあった事があったのか」
「町は酷い被害だったそうですよ。今ではあまり聞きませんが、多くの人間を得る為に、悪魔達が結託して、同時にあちこちの町を襲ったそうです」

ふうん、と頷きながら、アリアはまたもや首を傾げた。

「それってさ、かなり大きな事件だよな。俺が知らないのは良いとして、その話、フウガも知らなかったのか?」
「はい。数十年前に、大規模な部署異動があったでしょう。恐らく、その当時この町に関わった者達を総入れ替えするためでしょう。私はちょうど地球の裏側に居たので、この件に関しては聞かされる事はありませんでした」

フウガは言いながら、溜め息を吐いた。

「一部であれ一時的であれ、神様の力が悪魔に奪われ町を襲われたなんて、天界の汚点でしょう。天界は、その事実を葬りさりたかったのでしょうね、天界は秘密がお好きなようですから」

関わった者達の口止めの為、記憶が操作されていてもおかしくない。アリアの事に関してもそうだと、フウガが不満そうに呟いたのにアリアは苦笑い、神様の小さな背中を見上げた。





上空に停車している死神の車では、八重やえを連れ戻そうと、神様は懸命に説得を続けていたが、八重が首を縦に振る事はない。神様は何故分かってくれないのだと、もどかしさを募らせるばかりだった。

「…あの天使様、必死でしたね」
「え?」

八重の言葉に、神様は戸惑いの表情を浮かべた。あの天使とは、恐らくアリアの事だ。何故ここでアリアが出てくるのか、神様は分からずにいる。八重は、それからそっと目を伏せた。

「辛い時に側に居られなくてごめんなさい、神社にも行けなくて…」

悲しそうに、辛そうに。ごめんなさいと、繋がる手を握る八重に、神様は何度も謝るなと首を振った。

「病気だったのだろう?でも大丈夫だ、私の力がある。やっぱり駄目なのだ、お前がいてくれないと、私は駄目なのだ」

その切に訴える声に、八重は惑うように瞳を揺らし、神様の手を包む自身の手に視線を落とした。皺の目立つ自身の手に対して、神様の手は小さくて、あの頃のまま変わらない。

「…私も、あなたがずっと支えでした。あなたは、この町の人々の支えでした」

神様は、八重の手を握り返した。ぎゅっと力を込めれば、柔らかな手から皺が徐々に薄れて、若々しさを取り戻していくようだった。

「…私の魂は、もう肉体にはありませんよ」

その優しい声に、神様ははっとしたように顔を上げた。どんなに力を与えようとも、もう八重の体は息を吹き返さない。八重は決めてしまった、彼女はもう、命を望んでいない。
魂の見た目をいくら若くしても、八重の魂が肉体に戻ることはない、もう八重は、この世に戻ってはこないのだと。

「…では、私も共にいく」

きゅっと手を握り、神様の手が、白く染まった八重の髪に触れる。昔、こんな風に八重に触れた事があった。あの時みたいに八重は少し照れくさそうに笑って、それなのに、あの時みたいに、この手を受け入れてはくれなかった。

「もう、私もあなたも変わらなくてはいけませんね。もう、過去と決別して進まなくては」
「必要ない、今まで通りで良いではないか!何を変える必要がある!」

頑なな神様の態度に、八重はそっと眉を下げた。

「私はね、あなたのおかげで今日まで生きてこれたんですよ」
「……」
「不思議なものが見える私を、あなたが支えてくれました。ずっと心強かった、大切な人達に出会わせてくれたのもあなたのおかげです。それに、私の命を救ってくれました」
「それは、私のせいだ。私が不甲斐なかったから…あの時もそうだ、私はお前がいたから、お前がなくては駄目なんだ」

だからと、言いかけた神様の言葉を、八重はそっと首を振って遮った。

「神様がそんな調子では示しがつきませんよ。あなたを頼りにする人は居るんですから。私は、あなたがいたから、この歳まで生きてこれました。あなたのおかげで、私は勇気を出して友達を作れたし、家族が出来て、素晴らしい人生でしたから」

ふふ、と軽やかに彼女は笑う。それは、神様の為に浮かべた笑顔のように見えて、神様は八重がこのまま別れを告げようとしていると気づき、嫌だと首を振った。

「あの町を、家族を見守っていて。私にしてくれていたように、」
「嫌だ!私は、お前の側にいたいのだ。どうして私を突き放すんだ、」

神様の手が八重の頬に触れたその時、暗い夜空の上を、暗く重い黒が覆い始めていくのが見えた。雲ではない、悪魔の手だ。それは黒い川のように大きな広がりを見せ、辺り一帯の空を一斉に覆い尽くしていく。その速度はいつもよりも速く、あっという間に空を覆うと、するするとその手を地上へ伸ばしていく。地上へ伸びた悪魔の手は、八重の体が眠るベッド、その傍らで泣き崩れる少年の体を覆い、次々に人々を襲い始めた。



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