41 / 41
こんなつもりじゃなかったのに41
しおりを挟むそれからも日々は続いていく。
アメリカに向かった仁だが、最初のオーディションは落ちてしまったらしいが、それでも諦めず、次に向けてレッスンを重ねる日々だという。それに、弟への連絡は、アメリカに行っても欠かすことはないようだ。
その弟、蛍斗の音楽活動も順調で、インタビュー等で母親や兄の事を聞かれても、真正面から受け止められるようになっていた。
のきしたも、相変わらずそこそこの客入りで、相変わらず店の壁はくたびれたままだ。
澄香は変わらず、公一と共にのきしたで働きながら、劇団での活動を行っている。それから、家族三人で、あの遊園地にも行った。そこには幸せそうな母の笑顔と、泣いてばかりいる父の笑顔があった。長い時間すれ違ってしまったが、澄香は久しぶりに家族の時間を過ごす事が出来て、運転手をしてくれた実紗も嬉しそうだった。
そして、未来の家族がもう一人。
「ね、澄香さんの病院って、俺も行っていいのかな」
「え?」
「体質の事、もっとよく知りたいし、パートナーじゃん」
澄香は驚いていたが、次第に嬉しそうに頬を緩めた。
「うん、ありがとう」
花が綻ぶような笑顔に、蛍斗はたまらず澄香を抱きしめた。
ここは、澄香の家。今はお互いの家を行き来しながら過ごしていた。
澄香の部屋は狭いので、簡単にベッドに転がってしまう。昼下がりのアパートは、ベランダの戸から日差しが差し込んで、つい微睡みそうになる。
「耳や尻尾が出る分には、体に問題はないんですか?出すぎたらまずいとか」
澄香の頭を撫でながら蛍斗が尋ねる。澄香は心地よさそうに、目を細めた。今なら撫でられる犬の気持ちが分かるかもしれないと、ぼんやり思う。
「うん、どうして?」
「いや、ドキドキの度を越すこともあるんじゃないですか?…こことか使ったら」
そろ、と、まだ暴かれていない場所を服越しに触れられ、澄香はかっと赤くなり耳と尻尾が出てしまった。澄香の体質も、相変わらずだ。
「け、蛍斗!!」
「ごめんごめん!だって負担になったらさ」
「お前わざとだろ!」
「はは、だって俺の特権かなって」
そろと尻尾を撫でられ、澄香は震えた。
「急がないけど、いつか丸ごと愛したい。俺のものにしたいって思うくらいの独占欲はあるし」
「…そんなの、確かめるまでもないだろ」
笑う唇にキスを落として、じゃれあって寝転べば、嬉しそうに澄香の尻尾が揺れた。蛍斗はその様子に微笑み、可愛い耳に口づけ、ふと口を開いた。
「きっと、愛されたから受け継がれてきたんだろうな」
「何が?」
「澄香さんの体質の事。遺伝なんでしょ?愛されなきゃ、受け継がれたりしないじゃん」
そう優しく耳を撫でられ、澄香は目を丸くした。
そんな風に、思った事なかった。
じ、と蛍斗を見つめてしまう澄香に、蛍斗は不思議そうに首を傾げた。
「俺、何か変な事言いました?」
「ううん…凄いなって、」
呟きながら、澄香は込み上げる思いに言葉が続かず、蛍斗の胸に顔を埋めた。
どうしよう、泣けてきた。
言葉にならない代わりに、思いが涙に変わる。胸の中で、ぐす、と鼻を啜る澄香に、蛍斗は何故澄香が泣いているのか分からず、戸惑っているようだ。
「澄香さん?ごめん、嫌だった?」
「それとも体しんどい?」と、蛍斗は心配そうに澄香の背を撫でる。その掌の温かさに、「違うんだ」と、澄香は首を振ってその涙を拭った。
まるで、憑き物が取れたような気分だった。獣憑きの体質の事を、「愛されたから」なんて言われたのは、初めてだ。
この体質は、枷でしかなかった。だから獣憑きの人達は、必死にこの体質を隠して生きてきた。体質を理由に、色んな事を諦めてきた。気味悪がられて当然だと思ってきたのに、恋をして、それが実って、それだけで奇跡みたいなのに。
蛍斗はいつも、それ以上のものをくれる。
閉じこもりがちな澄香の世界を、広げてくれる。今の澄香の世界は、こんなにも大きく、優しい。
澄香は不安そうな顔を浮かべる蛍斗を見上げ、そっと微笑んだ。蛍斗はそれに少しほっとした様子で、澄香の目元を親指で拭った。
「…ほんと、物好きだよな」
「ん?」
「ううん、幸せだなって思って」
照れくさそうに胸にすり寄る澄香を、蛍斗はそっと抱きしめたが、その顔はどこか不服そうだ。
髪に触れた指が、白い耳を摘まむようになぞり、澄香は擽ったくて身を捩って顔を上げた。
「擽ったいってば!」
「俺だって、愛してますから」
拗ねたように言う蛍斗に、澄香はきょとんとした。思わず見つめてしまえば、不貞腐れた様子でそっぽを向く。一体、澄香の涙の理由をどう思ったのか、何だか見当違いの事で不貞腐れているような気がして、澄香は笑ってしまった。
「何笑ってんだよ!」
「だって、お前、」
笑って、笑い転げている内に、なんだかまた泣けてきて、でもやっぱりその先は言葉にならなくて、澄香は蛍斗に再び抱きついた。
「今日はよくくっつきますね」
「いいだろ、たまには」
「たまにじゃなくても良いですけどね」
蛍斗も笑って、優しく抱き締め返してくれた。
間違いなく、今の澄香に幸せをくれたのは蛍斗だ。
好きになってくれて、ありがとう。
伝えられなかった言葉が胸に溢れて、その幸せに、涙と共に尻尾が揺れた。
まだ、悩みを上げればきりがない、順風満帆とはいかない日々だけど、澄香は今日も蛍斗の隣、幸せの中にいる。
了
0
お気に入りに追加
16
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
「誕生日前日に世界が始まる」
悠里
BL
真也×凌 大学生(中学からの親友です)
凌の誕生日前日23時過ぎからのお話です(^^
ほっこり読んでいただけたら♡
幸せな誕生日を想像して頂けたらいいなと思います♡
→書きたくなって番外編に少し続けました。
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

しのぶ想いは夏夜にさざめく
叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。
玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。
世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう?
その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。
『……一回しか言わないから、よく聞けよ』
世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

【BL】記憶のカケラ
樺純
BL
あらすじ
とある事故により記憶の一部を失ってしまったキイチ。キイチはその事故以来、海辺である男性の後ろ姿を追いかける夢を毎日見るようになり、その男性の顔が見えそうになるといつもその夢から覚めるため、その相手が誰なのか気になりはじめる。
そんなキイチはいつからか惹かれている幼なじみのタカラの家に転がり込み、居候生活を送っているがタカラと幼なじみという関係を壊すのが怖くて告白出来ずにいた。そんな時、毎日見る夢に出てくるあの後ろ姿を街中で見つける。キイチはその人と会えば何故、あの夢を毎日見るのかその理由が分かるかもしれないとその後ろ姿に夢中になるが、結果としてそのキイチのその行動がタカラの心を締め付け過去の傷痕を抉る事となる。
キイチが忘れてしまった記憶とは?
タカラの抱える過去の傷痕とは?
散らばった記憶のカケラが1つになった時…真実が明かされる。
キイチ(男)
中二の時に事故に遭い記憶の一部を失う。幼なじみであり片想いの相手であるタカラの家に居候している。同じ男であることや幼なじみという関係を壊すのが怖く、タカラに告白出来ずにいるがタカラには過保護で尽くしている。
タカラ(男)
過去の出来事が忘れられないままキイチを自分の家に居候させている。タカラの心には過去の出来事により出来てしまった傷痕があり、その傷痕を癒すことができないまま自分の想いに蓋をしキイチと暮らしている。
ノイル(男)
キイチとタカラの幼なじみ。幼なじみ、男女7人組の年長者として2人を落ち着いた目で見守っている。キイチの働くカフェのオーナーでもあり、良き助言者でもあり、ノイルの行動により2人に大きな変化が訪れるキッカケとなる。
ミズキ(男)
幼なじみ7人組の1人でもありタカラの親友でもある。タカラと同じ職場に勤めていて会社ではタカラの執事くんと呼ばれるほどタカラに甘いが、恋人であるヒノハが1番大切なのでここぞと言う時は恋人を優先する。
ユウリ(女)
幼なじみ7人組の1人。ノイルの経営するカフェで一緒に働いていてノイルの彼女。
ヒノハ(女)
幼なじみ7人組の1人。ミズキの彼女。ミズキのことが大好きで冗談半分でタカラにライバル心を抱いてるというネタで場を和ませる。
リヒト(男)
幼なじみ7人組の1人。冷静な目で幼なじみ達が恋人になっていく様子を見守ってきた。
謎の男性
街でキイチが見かけた毎日夢に出てくる後ろ姿にそっくりな男。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる