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こんなつもりじゃなかったのに41
しおりを挟むそれからも日々は続いていく。
アメリカに向かった仁だが、最初のオーディションは落ちてしまったらしいが、それでも諦めず、次に向けてレッスンを重ねる日々だという。それに、弟への連絡は、アメリカに行っても欠かすことはないようだ。
その弟、蛍斗の音楽活動も順調で、インタビュー等で母親や兄の事を聞かれても、真正面から受け止められるようになっていた。
のきしたも、相変わらずそこそこの客入りで、相変わらず店の壁はくたびれたままだ。
澄香は変わらず、公一と共にのきしたで働きながら、劇団での活動を行っている。それから、家族三人で、あの遊園地にも行った。そこには幸せそうな母の笑顔と、泣いてばかりいる父の笑顔があった。長い時間すれ違ってしまったが、澄香は久しぶりに家族の時間を過ごす事が出来て、運転手をしてくれた実紗も嬉しそうだった。
そして、未来の家族がもう一人。
「ね、澄香さんの病院って、俺も行っていいのかな」
「え?」
「体質の事、もっとよく知りたいし、パートナーじゃん」
澄香は驚いていたが、次第に嬉しそうに頬を緩めた。
「うん、ありがとう」
花が綻ぶような笑顔に、蛍斗はたまらず澄香を抱きしめた。
ここは、澄香の家。今はお互いの家を行き来しながら過ごしていた。
澄香の部屋は狭いので、簡単にベッドに転がってしまう。昼下がりのアパートは、ベランダの戸から日差しが差し込んで、つい微睡みそうになる。
「耳や尻尾が出る分には、体に問題はないんですか?出すぎたらまずいとか」
澄香の頭を撫でながら蛍斗が尋ねる。澄香は心地よさそうに、目を細めた。今なら撫でられる犬の気持ちが分かるかもしれないと、ぼんやり思う。
「うん、どうして?」
「いや、ドキドキの度を越すこともあるんじゃないですか?…こことか使ったら」
そろ、と、まだ暴かれていない場所を服越しに触れられ、澄香はかっと赤くなり耳と尻尾が出てしまった。澄香の体質も、相変わらずだ。
「け、蛍斗!!」
「ごめんごめん!だって負担になったらさ」
「お前わざとだろ!」
「はは、だって俺の特権かなって」
そろと尻尾を撫でられ、澄香は震えた。
「急がないけど、いつか丸ごと愛したい。俺のものにしたいって思うくらいの独占欲はあるし」
「…そんなの、確かめるまでもないだろ」
笑う唇にキスを落として、じゃれあって寝転べば、嬉しそうに澄香の尻尾が揺れた。蛍斗はその様子に微笑み、可愛い耳に口づけ、ふと口を開いた。
「きっと、愛されたから受け継がれてきたんだろうな」
「何が?」
「澄香さんの体質の事。遺伝なんでしょ?愛されなきゃ、受け継がれたりしないじゃん」
そう優しく耳を撫でられ、澄香は目を丸くした。
そんな風に、思った事なかった。
じ、と蛍斗を見つめてしまう澄香に、蛍斗は不思議そうに首を傾げた。
「俺、何か変な事言いました?」
「ううん…凄いなって、」
呟きながら、澄香は込み上げる思いに言葉が続かず、蛍斗の胸に顔を埋めた。
どうしよう、泣けてきた。
言葉にならない代わりに、思いが涙に変わる。胸の中で、ぐす、と鼻を啜る澄香に、蛍斗は何故澄香が泣いているのか分からず、戸惑っているようだ。
「澄香さん?ごめん、嫌だった?」
「それとも体しんどい?」と、蛍斗は心配そうに澄香の背を撫でる。その掌の温かさに、「違うんだ」と、澄香は首を振ってその涙を拭った。
まるで、憑き物が取れたような気分だった。獣憑きの体質の事を、「愛されたから」なんて言われたのは、初めてだ。
この体質は、枷でしかなかった。だから獣憑きの人達は、必死にこの体質を隠して生きてきた。体質を理由に、色んな事を諦めてきた。気味悪がられて当然だと思ってきたのに、恋をして、それが実って、それだけで奇跡みたいなのに。
蛍斗はいつも、それ以上のものをくれる。
閉じこもりがちな澄香の世界を、広げてくれる。今の澄香の世界は、こんなにも大きく、優しい。
澄香は不安そうな顔を浮かべる蛍斗を見上げ、そっと微笑んだ。蛍斗はそれに少しほっとした様子で、澄香の目元を親指で拭った。
「…ほんと、物好きだよな」
「ん?」
「ううん、幸せだなって思って」
照れくさそうに胸にすり寄る澄香を、蛍斗はそっと抱きしめたが、その顔はどこか不服そうだ。
髪に触れた指が、白い耳を摘まむようになぞり、澄香は擽ったくて身を捩って顔を上げた。
「擽ったいってば!」
「俺だって、愛してますから」
拗ねたように言う蛍斗に、澄香はきょとんとした。思わず見つめてしまえば、不貞腐れた様子でそっぽを向く。一体、澄香の涙の理由をどう思ったのか、何だか見当違いの事で不貞腐れているような気がして、澄香は笑ってしまった。
「何笑ってんだよ!」
「だって、お前、」
笑って、笑い転げている内に、なんだかまた泣けてきて、でもやっぱりその先は言葉にならなくて、澄香は蛍斗に再び抱きついた。
「今日はよくくっつきますね」
「いいだろ、たまには」
「たまにじゃなくても良いですけどね」
蛍斗も笑って、優しく抱き締め返してくれた。
間違いなく、今の澄香に幸せをくれたのは蛍斗だ。
好きになってくれて、ありがとう。
伝えられなかった言葉が胸に溢れて、その幸せに、涙と共に尻尾が揺れた。
まだ、悩みを上げればきりがない、順風満帆とはいかない日々だけど、澄香は今日も蛍斗の隣、幸せの中にいる。
了
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