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こんなつもりじゃなかったのに36
しおりを挟む仁が荷物を纏め終えると、蛍斗もマンションの下まで荷物を運ぶのを手伝った。と言っても、スーツケースひとつと、大きな旅行鞄一つだけ、身軽なものだ。
「…あいつと仲良くな」
車に荷物を詰め込みながら、仁が言う。どこかすっきりとした表情に、蛍斗は気まずく視線を下げた。
「…もう会わないよ」
「え?」
「別れたっていうか、始まってたのかも分かんないけど」
独りよがりの恋だった。蛍斗は顔を上げ、仁を見上げた。見れなかった仁の顔が、今はこんなにまっすぐ見れる。
「だから、俺、二人の邪魔しないから」
「…それで良いのか?」
「…うん」
気持ちを押し殺して頷けば、仁は困った顔をして小さく息を吐いた。
「俺は、一人でアメリカに行く」
「え?」
「澄香とはちゃんと別れの挨拶をしてきたんだ。どっちかと言うと、俺は蛍斗の方が心配だよ」
そうして緩める表情は、兄そのもので、蛍斗はさすがに耐えきれず、慌てて視線を逸らした。
「…何だよ、今更兄貴面して」
「はは、兄貴面させてくれよ。ずっと、これからもさ。良い兄貴にはなれないかもしれないけど」
そう笑って頭を撫でられれば、剥がれ落ちた心の何かが、一枚一枚、戻ってくるみたいだった。
仁はずっと見ていてくれていた。自分の事を認めてくれていた、仁も自分と同じように必死だったのに、どうしてそれに気づかなかったんだろう。
蛍斗は、仁を否定しなきゃいられなかった自分が情けなかった。
仁はただ、家族になろうとしてくれていただけなのに。
「蛍は、大事な俺の弟なんだから」
優しい声に、蛍斗は唇をぎゅっと結んだ。
仁がまだ、そんな風に思ってくれているとは思わなかった。
一方的な劣等感から、八つ当たりして、傷つけるような事をしてきたのに、仁は全部許して、弟だと言ってくれる。
仁は初めて会った時から変わらない、弟として蛍斗をその心の内にずっと置いてくれていた。
初めて、応えたいと思った。許されるなら、もう一度。
蛍斗はぎゅっと手を握ると、小さく口を開いた。
この兄には、やはり敵いっこない。
「…良い兄貴だよ」
俯いたままぽそりと言う蛍斗に、仁はきょとんとしたが、それも束の間、すぐに嬉しそうに笑って、蛍斗の頭をぐしゃぐしゃと混ぜた。蛍斗は鬱陶しそうにその手から逃れたが、今までの拒否とはもう違う。
「なんだよ、可愛い奴だなー!」
「や、やめろよ」
「頑張れよ!応援してる」
「…兄さんも」
「おう!はは、またみんなで飯食おうな。母さんの事も頼んだぞ」
「…うん」
再び、仁の手が蛍斗の頭をわしゃわしゃと撫でたが、今度は手を払わなかった。そんな余裕がなかった。こみ上げる思いに唇を噛みしめ、蛍斗はその温もりに包まれていくのを感じる。
ようやく、仁と家族になれた。
少しだけ、自分の事を認められたような気がした。
数日後、蛍斗は家のベランダから、空を横切る飛行機を見つめていた。空港には行かなかった。仁が「余計寂しくなる」と、断固拒否したからだ。母にも連絡を取ったが、母も同じ事を言われたらしい。でもきっと、すぐに仁からも連絡が来るだろう。久しぶりに兄弟らしく過ごしたあの日から、仁は少し浮かれているようだった。仁は事務所の寮住まいに戻っても、あの日から毎日のように蛍斗に連絡を入れ、食事は取ったか、無理をしていないかと世話を焼きたがる。鬱陶しいとも思ったが、その鬱陶しさが少しこそばゆくて、嬉しかったのは絶対に秘密だ。
「…行ってらっしゃい」
蛍斗は呟き、ベランダの手摺に寄りかかった。
澄香は、仁の見送りに行ったのだろうか。
ぼんやりと思い、蛍斗は頭を振った。もうすぐデビューライブだ。蛍斗はライブが終わったら、澄香にもう一度会いに行こうと気持ちを改めていた。
ちゃんと、胸の張れる自分になって。拒絶されたとしても、ちゃんと言える。今こうして、仁とも自分とも向き合えるようになったのは、澄香のお陰だ。
最後にちゃんと、ごめんと、ありがとうを伝えに行く。
「…それくらいなら、許してくれるかな」
吐いた白い息が、ゆっくりと冷えた空に吸い込まれていった。
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