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こんなつもりじゃなかったのに19
しおりを挟む澄香と蛍斗は、スーツの男が運転する車に乗っていた。
なんだか流されるまま車に乗ってしまったと、蛍斗は自分の事ながら呆気に取られていた。
車に乗り込む事に、蛍斗が抵抗を見せなかった訳ではない。スーツの男と言葉の応酬を暫し繰り広げていたが、彼は蛍斗の抵抗など何処吹く風で、蛍斗がいくら牙を剥いても笑ってひらりとかわされてしまう。
その手応えの無さに、というよりも、相手にさえなっていないこの状況に、腹立たしさよりも肩透かしの連続で気力が削がれてしまった、という方が正しいだろうか。
「まぁまぁ」といなされ、今ではしっかりとシートベルトをし、澄香と並んで後部座席に座っている。
この現状に軽く呆然としている蛍斗とは対照的に、澄香はどこか落ち着かない様子で窓の外を眺めていた。シートベルトを掴んでいた手が、自然と帽子の端を掴む。澄香は蛍斗が抵抗を見せている間も、言葉を挟む事はなかった。ただ、澄香を庇う蛍斗の背中を、空いた車のドアを交互に見つめ、帽子を掴んでいた。
「そんなに時間はかかんないからさ」
バックミラー越しにスーツの男が言う。まるで、これから遊びにでも行くような口振りに勘違いしそうになるが、蛍斗はこれじゃ駄目だと、自分を叱咤した。
どんな相手であれ、澄香にとって周防の関係者は敵だ、自分が流されてどうする。と、蛍斗は当初の思いを蘇らせ、バックミラー越しにスーツの男を睨みつけるが、睨まれた本人は困った様子も見せず、肩を竦めて笑うだけだ。
「そんなに威嚇しないでよ。どうしてもって言うなら、今すぐ車を停めるよ?」
そう言うと、彼は本当に路肩に車を停めてしまった。蛍斗は思わず「え?」と言葉を発した。すぐにドアのロックも解除され、蛍斗は勢い良く澄香を振り返った。すぐにでもシートベルトを取って、澄香をこの車から降ろそうと思った。蛍斗にとってこのスーツの男は得体が知れないし、話をつけるだけなら自分だけで良い、そう思ったが、澄香の顔を見たらそんな事も言い出せなかった。
「でも、」と、思案気な声を出すスーツの男に、蛍斗は運転席に目を向けた。
「このままじゃ、何も変わらないよ」
「どうする?」と、スーツの男が後部座席を振り返る。澄香を見つめるその眼差しからは、問い詰めるでも威圧するでもなく、見守り諭すような感情が窺える。
俯いていた澄香は、帽子の端を強く握っていたが、やがて小さく口を開いた。
「…行くよ、出してくれ」
小さく掠れた声に、スーツの男は「了解」と小さく頷いた。彼の声や表情は優しく穏やかで、蛍斗はまたもや困惑していた。
澄香を無理に連れて行く訳ではないという意思表示、何より彼からは、悪意や敵意を感じない。彼は、澄香にとって敵ではなかったのか、それなら、どうして監視するような真似をしているのか、蛍斗には理解出来なかった。
「…問答無用で連れて行ったりしないんですね」
警戒しながら蛍斗が問うと、スーツの男は笑ってハンドルを切る。先程のブレーキもそうだが、彼の運転は滑らかで丁寧だ。
「はは、映画の観すぎだよ。それで訴えられたら、正直うちの方が分が悪いんじゃない?」
「どうしてですか」
「だって、知られたくない事を抱えているからね。澄香の事だってそう」
「…でも、澄香さんの体質の件は使えないんじゃないですか?一般的に知られちゃいけない訳だし」
「使いようによっては問題ないよ。そういう体質の人が居るって事は一般的に知られてないだけで、分かってる所はちゃんと分かってる。まぁ、それを伏せたとしてもさ、いたいけな青年を無理矢理連れ去ったとあっちゃ、そっちのインパクトの方が世の中は引きつけられるだろ?あの周防グループが、ってさ。親子喧嘩だって分かってもさ、印象悪いよね」
自嘲するスーツの男の話に、蛍斗は納得した様子だったが、澄香は顔を顰め、帽子から手を放した。
「なんだよ、いたいけな青年って。大体そんなんで世の中が引きつけられるか」
「世の中、どこぞの家のスキャンダルって好きでしょ」
「…俺は恰好のネタだからな」
「だから大事に守ったんじゃない」
「追い出したくせによく言うよ」
「もう、拗ねんなって」
「拗ねてないし!ちょっとは深刻に受けとれないのかよ!」
「これは性分だね~」
朗らかな笑い声に、澄香は忌々しげに腕を組み、どっかりとシートに身を預ける。だが、明らかに先程までの不安そうな様子がない。
「…あの、二人は、仲良いんですか…?」
先程より柔らかに感じる空気の中、フランクに言葉を交わす二人の様子を見て蛍斗が尋ねれば、「仲が良い訳ないだろ!」と、澄香は憤慨した。
「冷たいなー。澄香がこーんな小さい時からの付き合いだって言うのに。俺は澄香のオムツも替えてるんだよ?」
「うるさいぞ、実紗!お前だって子供だったくせに!」
「…え、どういう事?」
敵どころか家族ぐるみの付き合いなのかと、蛍斗が困惑しながら尋ねれば、スーツの男はようやく自己紹介をしてくれた。
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