8 / 41
こんなつもりじゃなかったのに8
しおりを挟むその後、澄香は自宅に帰ったが、昨日はせっかくの休みだというのに何も手につかず、一日中、蛍斗との関係について頭を悩ませ終わってしまった。
そしてその悩みは引き続き、今に至る。
「なんだかあれだな、スターの次は王子様って、ある意味モテ期だな」
「もー、違うから。てか、通行人Aには勿体ないよ」
「何だよ通行人って。そしたら俺は通りすがりのヤンキーか?」
「はは!でも将来絶対ラーメン屋の店主になるんだよ!」
「何でよ、それなら定食屋にしてくれよ」
笑う澄香に公一は少し安心して、それから「お前はいつも自分を下に見すぎだ」と、その頭を小突いた。優しい拳に、胸が温かくなる。通行人Aでもこんな幼なじみがいるなら、人生捨てたもんじゃない。
「俺が劇場の配達に行こうか?」
「…ううん、仕事だもん大丈夫。さっさと帰ってくれば良いんだし」
「…こんな事なら、撮影受けなきゃ良かったな」
公一の言葉に、澄香もそうだったと思い出す。
今回の公演の宣伝の為、仁がバラエティー番組に出演するのだが、それが、馴染みの店にタレントが行ってご飯を食べるというもので、その馴染みの店に“のきした”が選ばれたのだ。
「まさか、お前が仁と別れて拗れるとは思ってなかったからさ…」
この話が来た時は、澄香だってまさか仁と別れているとは思っていなかった。仁だって、きっとそのつもりはなかったのだろう、そう考えると、仁が心変わりしたのは最近の事となる。
恋人の心変わりに全く気づかないで浮かれていたなんて、自分が情けなくて、澄香はまた落ち込みたくなった。
「店主の公一が居れば大丈夫でしょ?俺は厨房から出なければさ」
「…まぁ、そうか、そうだな」
公一に心配かけまいと、澄香は笑顔で頷いた。
それから、スマホを確認する。一昨日、マンションに向かう道中で蛍斗と連続先を交換したのだが、一日経っても蛍斗から連絡はなかった。家の鍵は大丈夫だったろうか、心配だが、こちらからはどうにも連絡しにくい。
それに、丸一日空けて考えてみると、もしかして蛍斗にからかわれただけではないかとも思えてきた。それならそれで良い、澄香にとっては、正直その方が良かった。
元を辿れば、蛍斗と付き合うと啖呵を切ったのは澄香だ、身勝手だと思いつつもそんな事を考えていたのだが、そう思っていられたのはその日だけで、翌日からは毎日のように蛍斗から連絡が来るようになった。
電話やメールのやり取りだけの日もあれば、デートのお誘いの日もある。
デートといっても、会うのは決まって夜で、蛍斗の家だった。そしてそれは大体、仁が家に帰ってくる前だ。最初は偶然かと思ったが、まるで仁の帰りを見計らうかのように呼び出されると、さすがに嫌気が差してくる。
そして、これには何か意図があるとしか思えなかった。
お試しのお付き合いが始まってから二週間、この日もまさしくそうだった。仁は玄関に澄香の靴があると分かると、リビングには入らず、自室に入ってしまう。澄香が気まずさに蛍斗の顔を見ると、蛍斗は上機嫌で、まるで仁に見せつけているのではと思う程だ。付き合うといっても、澄香が嫌な事はしないという約束だから触れ合う事もない。それはいいとして、会っても大して喋る事もなく、ただ二人で黙って映画やテレビを観ている。その時の蛍斗は大体心ここにあらずで、仁が帰ってきた時だけだ、彼が楽しそうに話し出すのは。
明らかに、何かある。仁への当てつけか何か知らないが、あまりいい気はしない。
「…なぁ、今度は外で会おうよ。俺の家でもいいし」
「どうして?俺はうちで良いですけど」
「俺が嫌なんだよ、もし嫌ならいいよ、別れよう。どうせ俺の事好きじゃないだろ?」
「そんな事ありませんよ、何か機嫌悪い?」
思い出したように優しい顔をして、慰めようと伸ばしてくる蛍斗の手を払う。
「兄貴への当てつけか俺への当てつけか知らないけど、もう嫌なんだよ!大体お前、仁を忘れる為に使って良いって言ったじゃん!こんなんじゃ忘れられる訳ないし、ここに居るのも苦しいし、俺はお前の道具じゃない!」
立ち上がって出て行こうとする澄香を、蛍斗は慌ててその手を掴んで引き止めた。
「待って!分かった外で会おう、それなら良い?」
「嫌だ。お試しはもう終わりだ、もう会わない」
「なんでよ、このままじゃ、ずっとあいつの事を引きずったままだよ?」
「そんなのお前に関係ないだろ!放せよ!」
カチャ、と仁の部屋のドアが開く音がして、たまらず澄香は蛍斗の手を引いて玄関を飛び出した。
「ちょっと何?」
蛍斗は迷惑そうな顔で澄香の顔を覗き込んだが、その表情にはっとした。澄香は唇を噛みしめ、必死に涙を堪えているようだった。
蛍斗は戸惑いつつも、その体を抱き寄せた。澄香は抵抗しようとしたが、涙を見られたくなかったのか、抵抗を早々に諦め、されるがままだった。
「ごめん…今度どっか連れて行って」
「…え、なに、俺が連れてくの?」
「どっか行きたいって言ったの、あんただろ。俺、年下だし」
「…分かった、俺もごめん」
「…ううん」
その腕に抱き寄せられれば、意外としっかりしたその体に、思わず寄りかかりたくなる。
一体、蛍斗は何を考えているんだろう。いや、自分もだ、どうしてこの手を突き放せないのか、今は自分の事も良く分からない。
ただ、それでもこうして抱きしめてくれる温もりに、ほっとしてしまっている。
混乱する思いを宥めるように、澄香はぎゅっと目を閉じると、そっと蛍斗の肩にその頭を寄せた。
あんなに綺麗で繊細なピアノを弾く手が、どこか躊躇いつつ頭を撫でる。初めて犬の耳を晒した時よりもぎこちない手つきに不思議に思ったが、好きでもない相手にごめんねと思いつつ、澄香は蛍斗の仮の優しさに甘え、消えない傷口に目を背けた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説

林檎を並べても、
ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。
二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。
ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。
彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。
「誕生日前日に世界が始まる」
悠里
BL
真也×凌 大学生(中学からの親友です)
凌の誕生日前日23時過ぎからのお話です(^^
ほっこり読んでいただけたら♡
幸せな誕生日を想像して頂けたらいいなと思います♡
→書きたくなって番外編に少し続けました。
鈴木さんちの家政夫
ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。
【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした
月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。
人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。
高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。
一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。
はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。
次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。
――僕は、敦貴が好きなんだ。
自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。
エブリスタ様にも掲載しています(完結済)
エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位
◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。
応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。
ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。
『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

しのぶ想いは夏夜にさざめく
叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。
玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。
世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう?
その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。
『……一回しか言わないから、よく聞けよ』
世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

【BL】記憶のカケラ
樺純
BL
あらすじ
とある事故により記憶の一部を失ってしまったキイチ。キイチはその事故以来、海辺である男性の後ろ姿を追いかける夢を毎日見るようになり、その男性の顔が見えそうになるといつもその夢から覚めるため、その相手が誰なのか気になりはじめる。
そんなキイチはいつからか惹かれている幼なじみのタカラの家に転がり込み、居候生活を送っているがタカラと幼なじみという関係を壊すのが怖くて告白出来ずにいた。そんな時、毎日見る夢に出てくるあの後ろ姿を街中で見つける。キイチはその人と会えば何故、あの夢を毎日見るのかその理由が分かるかもしれないとその後ろ姿に夢中になるが、結果としてそのキイチのその行動がタカラの心を締め付け過去の傷痕を抉る事となる。
キイチが忘れてしまった記憶とは?
タカラの抱える過去の傷痕とは?
散らばった記憶のカケラが1つになった時…真実が明かされる。
キイチ(男)
中二の時に事故に遭い記憶の一部を失う。幼なじみであり片想いの相手であるタカラの家に居候している。同じ男であることや幼なじみという関係を壊すのが怖く、タカラに告白出来ずにいるがタカラには過保護で尽くしている。
タカラ(男)
過去の出来事が忘れられないままキイチを自分の家に居候させている。タカラの心には過去の出来事により出来てしまった傷痕があり、その傷痕を癒すことができないまま自分の想いに蓋をしキイチと暮らしている。
ノイル(男)
キイチとタカラの幼なじみ。幼なじみ、男女7人組の年長者として2人を落ち着いた目で見守っている。キイチの働くカフェのオーナーでもあり、良き助言者でもあり、ノイルの行動により2人に大きな変化が訪れるキッカケとなる。
ミズキ(男)
幼なじみ7人組の1人でもありタカラの親友でもある。タカラと同じ職場に勤めていて会社ではタカラの執事くんと呼ばれるほどタカラに甘いが、恋人であるヒノハが1番大切なのでここぞと言う時は恋人を優先する。
ユウリ(女)
幼なじみ7人組の1人。ノイルの経営するカフェで一緒に働いていてノイルの彼女。
ヒノハ(女)
幼なじみ7人組の1人。ミズキの彼女。ミズキのことが大好きで冗談半分でタカラにライバル心を抱いてるというネタで場を和ませる。
リヒト(男)
幼なじみ7人組の1人。冷静な目で幼なじみ達が恋人になっていく様子を見守ってきた。
謎の男性
街でキイチが見かけた毎日夢に出てくる後ろ姿にそっくりな男。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる