アメジストの瞳

茶野森かのこ

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アメジストの瞳5

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***



ホランの丘でアザミの応急措置を終えた頃、村にもその騒ぎは届いていたようで、ダンとリオを筆頭に、村の人々が駆けつけてくれた。
村の皆も、鍬やら斧を持っての勇ましい姿で、レイは思わずといった様子で肩から力を抜いた。

「…愛されてるな」
「は?」
「皆、君を助けに来たのだろう」
「盗賊に花が荒らされると思ったからだろ」
「そうだろうか」

どこか微笑ましそうに見つめてくるアザミに、レイは何だか落ち着かない気持ちになり、「とにかく医者だ、医者!」と、慌ただしく皆の元へ駆けて行った。
レイが状況を説明する中、皆はレイを気遣って心配しているように見える。

「申し訳ありません、アザミ様、」

レイと入れ替わるようにアザミの元に駆けつけたダンは、不甲斐なく膝をついて頭を垂れたが、アザミは表情を緩め、やんわりと首を横に振るだけだ。

「…ここに来て良かった」

ダンはアザミの視線の先を追い、村の人々に囲まれるレイを見て、ほっとした様子で肩を落とした。




***




その後、盗賊達は無事憲兵に引き渡された。この盗賊達には、周辺地域も被害を受けていたらしい。アザミが捕らえたと言えば、王子の株は上がるだろうに、アザミはそれをしなかった。元々神出鬼没の王子だ、辺境の村に居てもおかしくないが、それでも王子の名を伏せるのは、レイを守る為なのかもしれない。



「城に戻るのか?」
「あぁ、怪我したのがまずかった。強制的に城へ連行だ」

酒場の二階は、レイ達が暮らす住居となっている。王子を宿泊させるには少々手狭かと思われるが、その客室のベッドに腰かけながら、アザミが困ったように肩を竦めて言う。傷による熱も大分引いてきたようだ。

あれから数日が経ち、レイ達の酒場には、城から知らせが届いた。迎えを送るから、今すぐ王子を城に連れ戻す、というものだ。アザミの居場所がバレたのも、アザミが怪我を負った事も含め、ダンとリオが城へ報告を入れたからだった。

いくら王子の立場を利用して、憲兵達に口止めが出来ても、ダンとリオには時に通用しない。元々、二人はアザミの護衛だった。幼いアザミにとって一番信用出来る二人だったから、アザミは安心してレイを任せられた。
ダンとリオにとっても、主人はアザミだけだ。それは、どんなに遠く離れて過ごす事になっても変わりはしない。主が危険な目に遭えば黙っていられないだろうし、それと同時に、アザミに怪我を負わせてしまった事への責任も、二人は感じているようだった。

そして、責任という意味では、レイも同じ気持ちだった。盗賊達はレイに報復する為にやって来たのだ、自分がもっと上手く立ち回れていたなら、アザミが怪我をする事はなかったと、レイは申し訳なく頭を下げた。

「ごめん、俺のせいだ」
「君のせいじゃない。私も注意が足りなかった…お陰で盗賊を捕まえられたが、君に怖い思いをさせた、こちらこそすまない」

逆に頭を下げたアザミに、レイはぎょっとして顔を上げさせた。

「王子が簡単に頭下げるなよ!」
「何故?王子だからこそだ」

平然と言い放つアザミに、レイは溜め息を吐いた。

「なんだよ、一丁前になりやがって…」

そのレイの言葉に、二人は暫し顔を見合わせた。
その言葉は、まるでアザミを昔から知っているかのようだ。そんな筈ないのに、レイは自分でも何を言ってるんだと、するりと口から出た自分の言葉に戸惑いを浮かべ、アザミはというと、まさか自分の事を覚えているのかと期待に瞳を輝かせている。
そんなアザミの期待に満ちた瞳に気づくと、レイは慌てて顔を俯けた。

今のレンの発言は、完全に無意識によるものだった。
頭の中に一瞬、幼いアザミが見えた気がした。自分に手を引かれ、半べそをかいたアザミが。
だから、面白くないと思った。自分より先に大人になってしまったようなアザミに、今度は置いていかれたような気になって。
振り返ってみても、もう何も思い出せないのに、今一瞬見えた記憶から、つい思いが口に出てしまった。

「な、何言ってるんだろうな!何も知らないのに!」

ははは、と大袈裟に笑うレイに、アザミは何やら少し考え込み、それから不意にレイの手を取った。レイは驚いて肩を跳ね上げたが、そんなレイに構わず、アザミはぐいとその手を引き寄せた。

「ちょっと、」
「レイは知ってる?この村の言い伝え。今から行ってみよう」
「…は?」

それだけ言うと、アザミはレイの手を引いて、意気揚々と部屋を出てしまう。ダンとリオに止められても、アザミはそれを軽やかにかわしてしまう。
レイはといえば、突然の事に、拒む事も忘れてされるがままだった。
それも、先程脳裏を過った手の温もりが、アザミの手と重なったからかもしれない。





アザミに連れてこられたのは、ホランの花が咲く、あの丘だった。

「星祭りの夜にここで愛を誓い合い、ホランの花を飛ばした恋人達は、永遠に結ばれる。知ってる?」

そう尋ねるアザミに、レイは躊躇いつつも頷いた。それは、この村で暮らしている者なら、誰もが知っている古い言い伝えだ。
アザミは一つ花を摘むと、手のひらにその花を乗せた。白い花びらの中央には丸みのある綿毛があり、それに向かって少し強めに息を吹き掛けると、キラキラと輝く綿毛が風に乗って、夕暮れの空を飛んでいく。

星祭りの夜に平和への願いを込め、光の綿毛を飛ばすのが、この国の風習だ。この恋人達の言い伝えも、それからきているという。

「ここで、君と花を飛ばした」
「…俺は飛ばした事ない」
「あるよ、覚えてないだけだ」

アザミは自分の知らない自分を見ている、それが何だかモヤモヤと胸に渦巻いて、レイは居心地が悪かった。

「星祭りの手伝いにここへ来た時、君と二人で花を飛ばした…あの頃から私の想いは変わらない」

それからアザミは居ずまいを正し、レイと向き合った。

「私と共に城に帰ってくれないか?もう一度、私の事を知ってほしい」

その申し出に、レイは困ったように視線を逸らした。どうしてだろうか、アザミが酒場にやって来た時のように、彼の申し出を突っぱねる事が出来ない自分がいる。
落ち着かない、何か自分は知っている気がして、でも思い出す事は出来ないから、胸の奥がモヤモヤして苦しくなる。突っぱねてしまえば楽なのに、まさか、アザミを手離したくないと思っているのだろうか。

自分で自分がどうしたいのか分からない、心が、体が、自分のものではなくなってしまったみたいだった。

アザミはそんなレイの戸惑いを察してか、そっとレイの手を取った。レイはびくりと反応してしまったが、アザミはそれを敢えて気に留めず、それでも優しくその手を握った。

「君の為でもある。その瞳のせいで、また危ない目に遭うかもしれない。その瞳の事を知らずとも、今日のような事が起きるかもしれない。そろそろここを離れるべきだ、ダン達も共に」
「…離れても、まだこの村に宝があると信じて、別の盗賊がやって来るかもしれない。あいつら何をするか…村の人達に危害を加えるかもしれない」
「守るよう尽くすよ、私が見回りに来ても良い」

レイはアザミの傷に目を向ける。傷を負ってまで守ってくれる理由が、レイには理解出来なかった。本当に、自分にそんな価値があるのかと。

「なんで、そんなしてくれんの」
「君はずっと私の支えだった。兄弟の中で出来の悪い私を励まし、私は私で良いのだと手を引いてくれたのが、君だった」

懐かしそうに語るアザミの中に、確実にレイは居る。でも、レイだけが何も知らない。

「…でも、アンタ結婚するじゃん。俺は、無理だ、男だし、見た目はこんなだけど」

胸が騒つく。落ち着かなくて、触れられた手に自然に力が入ってしまう。そんなレイの気持ちを感じとってか、アザミは柔らかに微笑んだ。

「星祭りの夜に、もう一度ここへ来る。その時、返事を聞かせて欲しい」
「は?星結いがあるのに出来る訳ねぇだろ」
「その辺は心配無用だ、私の心は、既に君に預けてしまったからね」

そう微笑むアザミに、不覚にもドキリとしてしまったのは、きっと真っ直ぐな瞳に惑わされたからだ。レイは慌てて自分にそう言い聞かせて、気のない返事を装った。




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