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アメジストの瞳2
しおりを挟むこの村に伝わる噂、“アメジストの瞳”を持つ老婆とは、レイの事である。
しかしその噂は、随分捻れて伝わっていた。レイは老婆でも女でもなく、女の変装をしている青年で、“アメジストの瞳”というのも、秘宝でも何でもない。
アメジストの宝石のような、不思議な色をした瞳。
眼帯の下に隠されたレイの左目が、いつの間にかとんでもない秘宝とされ、世の中に伝わってしまっていた。
今は間違った認識で宝を求めにやって来る輩ばかりだが、この噂が流れる前に、レイは人浚いにあっていた。まだレイが幼かった頃の話だ。
レイがこの村にやって来たのも、そういった輩から身を隠す為だった。
レイは男子なので、その当時は、“アメジストのような瞳を持った少年”が狙われていた。なので、この村に来てからは、カムフラージュの為に女性の振りをして生きてきたのだが、いつの間にか噂は男女が反転し、どういう訳か勝手に年齢を重ね、瞳は秘宝へと姿を変えた。
それならば、もう女性の振りをしなくても良さそうなものだが、それでもまだ、“アメジストのような瞳を持つ男”を探している者がいるかもしれない、その可能性が拭えない以上、レイが男性の姿に戻って生活する事は出来なかった。アメジストの瞳を持つ者が男だと知っている人物こそが、レイにとって一番の危険だったからだ。
ただ瞳の色が変わっているだけなのに、レイは誰かの悪意の道具になりかねない。レイが護身術に長けているのも、自分でも自分の身を守れるようにと、ダンとリオに教え込まれたからだった。
「それに、いくら村の外れにあるからって、毎回こんな騒ぎを起こしてたら、村にも迷惑がかかるでしょ」
「それなら大丈夫だろ!俺らが来る前より、この村に来る盗賊の数は減ったっていうし」
憤慨するリオに、レイは自信満々に胸を張った。
レイ達が秘宝の噂と共にこの村に来る前から、タタスの村は、盗賊や善からぬ者達が身を潜める場所となっていた。タタスは辺境にある静かな村だ、国境の抜け道に近い山間にあり、身を潜めて行動しなければならない者達にとって、この村は足を休めるに丁度良い場所だった。レイ達の噂によって、盗賊が村にやって来る事はあるが、以前のように村を荒らされ、食料を奪われ、家を占拠される事はない。酒場に盗賊が来なくても、村の騒ぎを聞きつければ、レイ達は揃って盗賊を追い払いに駆けつけたし、初めこそ、村の人々から厄介者扱いされていたレイ達も、今となっては村の用心棒として頼りにされていた。
なので、レイは堂々と胸を張ったのだが、リオは頭を振って、再びレイの額を小突いた。
「いて!」
「だから、そういう問題じゃないのよ!もうちょっとやり方があるでしょ?さっきだってあなた、自分から盗賊に突っかかっていったじゃない!店に入って来た途端、胸倉掴みかかる人間がいる!?」
「だって!明らかに荒らしに来ましたーって感じの面構えだったじゃん!そしたら、やっぱり俺目当てだったじゃん!」
「だからって、それで人質に取られてたら世話ないでしょ!」
「それは、」
「やっと会えた」
レイがリオに気圧されていると、突然聞こえた新たな声に、三人は驚いて店の入口へと目を向けた。盗賊達に蹴破られたせいで扉が無くなってしまい、人がやって来た事に気づかなかった。
店の入り口には、兵士の鎧を着た男が立っている。今まで黙っているばかりだったダンだが、予期しない訪問者に対してすかさず前に出ると、リオはその背後でレイを背に庇い後退った。
「城の兵士様が何用でしょうか」
ダンは警戒を強めた声で問う。兵士の格好をしていても、安心は出来なかった。
「何用か…先ずは二人に労いを」
落ち着きのある、静かな低音が凛と店に響き渡る。その声を改めて聞いてなのか、それともその言葉の意味を理解してなのか、直後、ダンとリオははっとした様子で顔を見合わせた。だが、そんな二人の様子には気づいていないレイは、怪訝に顔を顰め、二人の背後から顔を覗かせた。
「おい、アンタ何者だ!まさかイカれた王子まで秘宝が欲しくなったってか?」
「や、やめなさい、レイ、」
後ろから勇ましく身を乗り出すレイを、リオが焦った様子で嗜めるが、兵士はいいんだと笑い、その兜を外した。
「君の言ってる事は、大体当たってる」
「は?マジかよ…」
レイは頬を引きつらせたが、兵士の顔を見て、ふと首を傾げた。
兵士は、とても整った顔立ちの男だった。灰色の短髪が爽やかで、目元は優しい印象がある。背はレイよりも高く、ダンよりは低いくらいで、鎧の上からでも、鍛え抜かれた体が想像出来た。
しかしこの顔、どこかで見た事がある。これだけの男前だ、出会っていたら早々忘れなさそうなものだが、いや、それよりも、そもそも彼は本当に兵士だろうか。彼からは気品のようなものが感じられる、兵士というよりも、どこぞの貴族や王子様といった方が、レイにはしっくりくるように思えた。
兵士の言葉よりも、この男の正体を見極めんとばかりに悩むレイに対し、ダンとリオは困った様子を浮かべながらも、兵士が構わないというような仕草を見せたので、それに従い、その場で膝をつき頭を垂れた。
「え?」
それには、さすがにレイはぎょっとした様子で目を瞬いた。ダンとリオの姿は、どこからどう見ても相手に対して敬意を示す行為で、ダンとリオの本来の職務を知っているレイは、更に困惑を浮かべ、兵士を見上げた。
一体、この兵士は何者なんだと、レイがそれでも戸惑いに立ち尽くしていると、兵士は穏やかな微笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「え、な、何だよ…」
いつもとは違う状況に困惑し、レイはダンとリオに助けを求めて視線を向けるが、二人はレイの視線に応える事ない。
「ちょ、」
そうして戸惑っていれば、兵士はあっという間にレイの目の前にやって来た。盗賊には怯みもしなかったレイだが、目の前の男の妙な威圧感に触れれば、逃げ場を塞がれたような心地がして、動けなくなってしまう。そんな中、レイを目前に立ち止まった兵士が腕を動かす仕草をしたものだから、レイは思わず肩を竦めて顔を俯けた。咄嗟に殴られると思ったのか、自分でもそれはよく分からなかった、身動きの取れない状況で軽くパニックになっていたのかもしれない。
「怖がらないで、顔を見せて」
その柔らかな声が、どうしてか自分の顔より下から聞こえ、レイが不思議に思い目を開ければ、兵士は何故かレイの前で跪いており、レイは驚いて目を見開いた。
「よく生きていてくれた、レイ。君を迎えに来た」
灰色の短髪が、窓から差し込む太陽の光に煌めいて、青い瞳が優しく微笑み、レイを見上げている。いくら兵士の姿をしていても、彼の生まれ持った気品は隠しきれない。そして、先程の妙な威圧感の正体に、レイはようやく気がついた。
「十五年前の返事を聞きたい。私の伴侶となってくれるかい?」
「……は?」
見た事ある筈だと納得したのも束の間、レイはきょとんとして彼を見上げた。
どうして、彼が自分にプロポーズしているのか、レイには全くもって理解出来なかった。
彼は自分を女だと思っているのだろうか、それにしたって、ただの平民の自分とは釣り合わないだろう。
だって彼は、兵士なんかではない。
彼は、この国の第一王子、アザミなのだから。
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