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「大丈夫ですか?」
「うん、ごめんな、付き合わせて」
「俺は助手ですから」
ふれあい広場のある公園で心を落ち着かせ、愛と多々羅は再びバス停へと向かっていた。そんな中、多々羅から飛び出した軽やかな言葉に、愛は躊躇うように顔を伏せた。
また不意に、愛の胸に不安が過っていく。楓は許してくれたが、愛がこの先、絶対に間違いを犯さない保証はない。
多々羅は助手だと言って、自分を理解してくれているが、もし、また傷つけてしまったら、今度は多々羅を失ったら。
そう考えると、足元から、ある筈のない黒い影のようなものが這い上がってくる気がして怖くなる。禍つものはここにはいない、瞳に残る痕跡だって、悪いものとは限らない。多々羅が言ってくれたように、愛も自分に言い聞かせてみるが、そんな簡単には変われない。
愛は今日、ようやく一歩を踏み出せた気がしていたが、まだ、その一歩の先に行くのは、正直怖かった。側にいてほしいけど、本当に側に置いて良いのか分からない。
だから、確かめなくてはならない。
愛は、不安に縛られそうになる気持ちをどうにか押し込め、多々羅を見上げた。
「…話は、聞いたのか?」
それは、楓との過去の事だ。楓は、篤史にはその時の事を話したと言っていた。物の化身が見える事も含めて、楓は篤史ときちんと向き合いたいと思ったのだろう。化身が見える事も、禍つものに襲われた後遺症が体に残っていることも、全部ひっくるめて自分なのだと。愛は改めて、楓の強さを尊敬した。
「…篤史さんが知ってる事だけなので、ざっとですけど」
「…そっか」
多々羅は少し言いづらそうに言ったが、ちゃんと聞いたのだろうと、愛は、ぎゅっと拳を握り、口を開いた。
「…俺は、また同じ事をするかもしれない。そうなったら、」
「そうなったら、俺がいますから」
足を止めた多々羅に、愛は戸惑い顔を上げた。
「誰も悪くありませんよ、だって皆、心があるんだから。怖くなるのも二の足踏むのも仕方ない事です。でも、もしその場に俺がいたら、愛ちゃんの背中押せるでしょ?」
背中を押せる、その言葉に、愛は目をぱちくりさせた。
「怖くない、大丈夫、俺は愛ちゃんの事を一番よく知ってる。だから、愛ちゃんの瞳は怖くない。俺にもし禍つものが取り憑いたら、そう教えてあげられるでしょ?」
「だから、大丈夫ですよ」と、笑う多々羅に、楓が、瀬々市の家族の顔が重なっていく。
どこでそんな自信が沸いてくるのか分からないが、禍つものに取り憑かれて説得出来る人間がいるだろうか。毎回、ヤヤの時のように上手くいく筈ない。やっぱり多々羅は、どれだけ危険な事に首を突っ込もうとしているのか分かっていない。
愛は、ぎゅっと拳を握りしめ、俯いた。
言いたい事は幾らでもある、それでも愛は、それらを言葉にする事が出来なかった。
胸が苦しくなって、言葉にならない。多々羅の気持ちを否定したくなかった。
多々羅は、いつも欲しい言葉をくれる。望みを分かって、叶えてくれる。
必要だと、言ってくれる。自分にそんな価値ないのに。
顔を上げられず、愛は多々羅の靴に目を向けた。履き潰したスニーカーは、靴先がすっかり黒く汚れている。そのスニーカーが、愛の方へ一歩近づいた。顔を俯けた愛に影が重なる。
「愛ちゃん、」
「…俺、こんな許されて、」
「何言ってるんですか、俺達は愛ちゃんの側に居たいだけですよ」
「…俺は面倒だぞ」
「知ってます」
「危険な事もある」
「分かってます」
「…俺は、まだ自分が怖い、許されるのも怖い」
「その気持ちも、俺は一緒に背負います。俺はなんたって、愛ちゃんの助手ですから」
愛は堪らず顔を上げ、それから眉を下げた。「…万能だな、それ」と、また俯いた愛を、多々羅は人目から避けるように彼の前で背を向けた。愛はその背中に胸がつかえ、込み上げる涙を止められなかった。
「皆が待ってます、帰りましょう」
この翡翠の瞳である理由を探しながら、本当は理由を知る事が怖くて仕方なかった。でも、それでも共に居てくれる人が居るなら、全て抱えて、明日に向かえるかもしれない。
守られてばかりじゃいけないと、愛は目を擦る。支えてくれる分、強くなると。
また一歩、踏み出せる。
愛はそう決意して、目の前の多々羅の背中を押した。
晴れやかな空は、きっと明日へ繋がっていく。
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