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しおりを挟む「うーん…右目にその痕跡があるのは確かだよ。思いを拗らせた化身は禍つものとなって、人に取り憑く事がある。禍つものの事は聞いてるでしょ?」
禍つもの、と聞いて、彩のネックレスの化身と愛の会話を思い出す。
「…そう言えば、今日、ネックレスの化身と愛ちゃんがそんな話をしてました。でも、愛ちゃんの言葉しか俺には聞こえないのでよく分からなくて。人を襲うって、どういう事ですか?何の為に?」
それに、愛が彩のネックレスと会話していた時は、多々羅にとっては全てが初めての事で、愛の仕事の邪魔してはいけないという意識の方が強く、愛の言葉もあまり呑み込めていなかった。
そんな多々羅に、信之は少し驚いた顔をして、こめかみを掻いた。
「そっか…うーん、どうして正一さんは説明しなかったのかな…」
「あの、そもそも禍つものって…?」
多々羅が尋ねると、信之は困惑を一旦押し込め、多々羅に向き直った。
「うん、そうだよね。物の化身は、その物の意思の表れでしょ?その思いを拗らせたのが禍つものって言って、自分の思いを貫こうとして暴れたり、人や物の化身を襲って、その心を奪ったりするんだ」
「え…心を奪うんですか?」
「そう。原因不明の不治の病とか、心の病とか言われてた症状の中にも、実は禍つものが人に取り憑いたせいだった、っていう事が幾つもあるんだ。物の化身については、宵の店の関係者しか伝えられていない…というか、見えない人には信じようもなかったから、誰にも信じて貰えないのも仕方ないかもしれないけど。
禍つものはね、思いが強ければ強いほど力を増すんだ。思いの力の源は心にある。だから、もっと強い力を欲して、心を奪おうと人を襲い人に取り憑く。心を失くした人間は廃人のようになって、酷いと命を奪われかねない。
愛君の目には、その禍つものの力の痕跡があった」
「それで、瞳の色があの色に…?」
信之は頷いたが、同時に、どこか腑に落ちない表情を浮かべている。
「ただ普通はね、痕跡なんか残らないんだ。それが祓われているとしたら尚更ね、祓い損ねたなら、愛君はあんな普通に生活は出来ない。だから、襲われて祓われた痕跡っていうのは正しいかもしれないけど、その確信が持てないんだ。
禍つものを祓っても後遺症が残る人はいる、それこそ、視覚や聴覚といった感覚が奪われたり、軽くても、頭痛や怠さが酷くて起きているのがやっとって状態だったり、それが日によって違ったりね。人によってケースは様々だ。
愛君の場合は感覚もしっかりしてるし、倒れるような事も、大人になってからは落ち着いてきてる。
それでも、瞳の色が変わる事はない。さっきも言ったけど、普通痕跡は、体の表面に残らないんだ。
いくら力の強いつくも神が禍つものになって人を襲ったとしても、襲われた人の瞳の色が変わる事はない。
もし可能性があるなら、僕らも知らない力を持つ禍つものがいるのか、わざと力を残していったのか…だとしたら、どうして禍つものは、愛君の体から去ったのか。
愛君は、うちの病院に運び込まれる以前の記憶を失っているから、真相は何も分からないんだよ。
それにもしかしたら、襲われたせいではないのかもしれないし」
その言葉に、多々羅は、え、と声を上げた。信之は困ったように肩を竦めた。
「真実は誰にも分からないなら、その可能性も無いとは言えないでしょ?途中で祓う事を止めたとしたら、愛君の為だったって事もあるのかな、とか。
でも、それはあまり現実的じゃないから、きっと襲われたんじゃないかって、愛君は思ってる。あの瞳を見て、化身は怯えるらしいから…きっとあの瞳の色は、愛君を襲った禍つものの一部。怯えられるのは、愛君を襲った禍つものは余程恐ろしいものだった。そんな恐ろしい禍つものなら、人を襲って当然じゃないのかって」
「無理もないよね」と、信之は少しだけ寂しそうに笑った。
「化身が愛君に怯えるのは、愛君が恐ろしい禍つものの力を持ってるんじゃないかって、思ってるからみたいなんだ。だから、愛君も自分が何者なのか不安になるんだと思う。瞳の色が変わった理由が分からないんじゃ、自分でも自分を疑いたくもなるよね。実際、普通の人には無い力が備わってるわけだし…。
正一さんも、研究の傍ら情報を得ようと飛び回ってるみたいだけど、なかなか難しいみたいだ」
「そうだったんですか…」と、多々羅は俯いた。先程まで持っていた自信が、みるみる内に消えていく。
自分は、愛に今まで何を言ってきただろう。
気軽に綺麗だとか、羨ましいとか、言っていいものではなかったのではないか。愛にとっては、傷跡だけ残っているのに記憶がないのだ、しかも、そのお陰で不思議な力を得て、結果怯えられている。愛にとって翡翠の瞳は負担でしかなく、自身に対して恐怖を感じてもおかしくない。
愛は、何かを探していると言っていた。それは、何故自分が襲われたのか、そしてそれは、自分が何者かを知る為なのだろうか。
それらを考えれば、多々羅は自分を責めて落ち込むしかなかった。自分は、愛の気持ちを知ろうとも分かろうともせず、愛を傷つけていたかもしれないと。
そんな多々羅に、信之は柔らかに目を細め、多々羅の頭をポンと撫でた。
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