27 / 76
26
しおりを挟む愛の言葉に、用心棒達も予想外だったのか目を瞬き、ユメが真っ先に愛に詰め寄ろうとするのを、アイリスがその肩を優しく掴んで引き止めた。じれったそうに見上げるユメに、アイリスも困ったように微笑み、それから愛へ顔を向けた。
「愛、どういう事なの?彼は辞めさせたかったんじゃないの?」
「説明してくれ、俺達は正一から言われてるんだ、この店で愛を守ってくれって。お前が恐れるものから、俺達は守る為にいる。この人間は、正一の言っていた良い人間なのか?」
アイリスとノカゼが愛に問う。二人は、愛が多々羅に店を辞めさせようとしていたから、多々羅を追い出そうとしたので、愛の本心を聞かずには引けないのだろう。
愛は首の後ろを掻き、言いにくそうに口を開いた。
「正一さんが言ってた人は、この多々羅君だよ」
「なら、どうして邪魔にするの?」
アイリスの問いに、愛は迷うように多々羅を見て、それから視線を逸らした。
「…俺は一人で良いと思ってたから。皆だって居るし。でも、多々羅君が来たら、昔に戻ったみたいで。危険だから引き込みたくないのに、仕事を分かろうとしてくれるのが嬉しいっていうか…」
照れくさそうに言いにくそうにしながらも、愛には普段のなげやりな様子はない。これが愛の本心なのだろうか、そう思えば、多々羅としては思いもしない愛の発言に、今の今まで感じていた不安が嘘のように萎み、代わりに明るい気持ちが戻ってきた。
「なら、俺、仕事覚えますよ!」
愛は、迷惑とは思っていなかった、同じ思い出を思い浮かべてくれていた、穂守の兄でもない、多々羅として見ていてくれたと思えば、俄然やる気が沸いてくる。単純かもしれないが、愛の素直な気持ちは、どんな言葉よりも多々羅の心を強くしてくれるものだった。
そんな思いで多々羅は立ち上がり、意気込んで愛に向かったが、愛は眉を寄せて多々羅の思いをはねのけた。
「だから、今ので分かったろ!化身は人を襲う事も出来るんだってば!」
多々羅は、愛の必死な様子に、思わず口を噤んだ。
「ここに並んでる棚の物達は、一度化身となった事がある物達だ。棚の上の物を動かすなって言ったろ?それは、こいつらにとって居心地の良い場所があるからだ。欠損を直さないのも、その物達にはまだその意志がないからだ」
多々羅はその言葉に、先程の腕の取れかけたウサギのぬいぐるみに目を向けた。
ここにある物達は、全てがその物の意思を尊重されている。欠損を直さないままでいいと望むのは、物にとっても何らかの思いがあって、それは心の傷かもしれないし、戒めなのかもしれない。
人のように、物にも意志がある。見えなくても、聞こえなくても、そこにはあるのだと、改めて思い知った気がした。
「物達が勝手に騒ぎ出さないのは、ノカゼ達が彼らの統制をとってくれているからだ。誰も怖い思いや痛い思いはしたくないだろ?だから、ここは安全で、守られてるって事をノカゼ達がちゃんと説明してくれてるんだ。俺はどうしたって人間だから、人より物同士の方が気持ちも分かるし、話だって素直に受け止められるだろ」
愛は慈しみの中に少しだけ寂しさを滲ませながら話し、それから、何か言いたそうにしているノカゼに気付き、そっと労うようにその肩を叩いた。
「でも、ここに来るのは、事情を理解してる物達ばかりじゃない。さっき壮夜が運んできた箱の中には、危険な思いを持った物もいるかもしれない。そういった物達を諭したり、時にはまっさらな心にリセットするのも、俺達、宵の店の仕事なんだ」
「…でも、襲われたって、今みたいに話し合えば、」
「それが出来ない場合がある。だから、俺達の仕事がある、この瞳がその証拠だ」
「え?」
愛は多々羅から視線を逸らし、小さく息を吐いた。
「俺の瞳の色が違うのは、そういう、物に襲われた結果なんだ」
「…でも、それはまだ分かっていないんじゃ、」
「…確かに、俺は何も覚えてない。でも、正一さんや先生は、この瞳には化身の痕跡があるって言ってた。理由がどうのと言ってたけど、襲われた事に変わりない、痕跡があるっていうのは、結局はそういう事だ。俺は化身に襲われて、それを誰かが祓ったんだろう。祓いきれず、力が残ってしまった、そんなところだ」
愛はそう言ってから、俯いた視線をノカゼ達に向けた。彼らを気遣うように、その表情は幾分穏やかになった。
「まあ、そういう例もあるって事だ。勿論、それらばかりじゃないから、こうやってノカゼ達がいる」
それから愛は、眉根を寄せ多々羅に向き直った。
「それに、この店で何かあってもノカゼ達が居るけど、外で、例えば彩さんのネックレスの化身が、例えばだぞ、腹いせに人を襲おうとしたらどうする。俺が側に居れない状況が作られてしまったら?多々羅君は、何も出来ないだろ」
愛は深く息を吐き、カウンターに寄りかかった。
「そんな仕事、やらせたくないし、やりたくないだろ」
「…え、じゃあ、もしかして俺にスケートやらせたのって」
はっとして尋ねる多々羅に、愛は気まずそうに視線を逸らした。
「…もしもの場合があるから、化身の姿を確かめるまでは側に近寄らせたくなかった…まぁ、写真の腹いせにってのは、あるけど」
やっぱり、愛の弱みをちらつかせた多々羅への仕返しもあったのか。
だが、多々羅はその仕返しされた事が吹き飛ぶくらいの思いだった。高く分厚い壁が、今は少しだけ透けて見えるようで。ちゃんと愛の思いを聞くことが出来て、多々羅は安堵から、体から力が抜けていくのを感じた。
「なんだそっか…俺、嫌われたわけでも、必要ないって思われてる訳でも無かったんですね」
はは、と笑う多々羅に、愛は顔を顰めた。
「…何笑ってるんだよ、今の話、絶対理解してないよな!」
「そりゃ、分かんない事はありますよ、でも、それなら、やっぱり俺が居た方が良くないですか?」
「は?」
「だって用心棒の皆は店で、ここの物達を守らないといけないし…持ち歩くのも難しいですよね?」
「確かに、私達はかさばるし、重いわ。私なんて特にね」
多々羅に話を振られ、アイリスが頷いた。化身のアイリスはとても華奢だが、本体は大きなオルゴールだ。
「ね!でも俺なら、道案内も出来るし、もし襲われたとしても、二人いたらどっちかが助けを呼ぶ事も出来るじゃないですか!そうですよ、ね、名案でしょ!」
多々羅は用心棒達に向かって言う。彼らを味方につける作戦だ。
「…確かに、正一が居なくなってから心配してたのよね…」
「俺なら、持ち運べるぞ」
「ノカゼは駄目よ、この店の要じゃない」
「私なら小さいわ!」
「…小さい」
「でも、割れたら大変でしょ?俺なら丈夫だし!」
すかさず多々羅が会話に割り込めば、ふむ、と考え込む用心棒達に、愛はぽかんとして、それから慌てて間に入っていく。
「いや、いやいや!どのみち足手まといだろ!」
「え、急に酷い事言う…!」
「だって、今は見えてるけどさ、外で俺が襲われて、多々羅君はどうやって俺を助けんの。何の力もない多々羅君がいてもさ、ただの足手まといだろ!」
「その時は、皆を呼びます」
「それじゃ遅いだろ」
「でも、店長が一人の時に襲われたら?」
「その時はその時だ、別に初めてって訳じゃない、何度もあることだ。俺は抗い方を知ってる。でも多々羅君はさ、何も出来ないだろ」
「俺だって、教えてくれたら、」
「そんなのないんだよ!」
苛立って言う愛に、多々羅はぐっと唇を引き結んだ。
「…店長は、ないないばっかりですね」
「…なんだよ」
「そうやって、あなたは逃げてるだけじゃないですか、自分の瞳の事だって、本当は何があったのか誰も分からないんですよね、それなのに悪いものだって決めつけて、それって向き合う事を避けてるだけじゃないですか?」
「知った風な口を利くな、俺は、だから探してるんじゃないか!」
「探してるって、何を、」
言いかけて、多々羅は言葉を奪われた。ぐらりと揺れる視界に、ぐわんぐわんと耳鳴りがする。
「あ、れ…」
「多々羅君!?」
伸ばした手は、愛の手に触れる事なく宙を掻いた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
幻想プラシーボの治療〜坊主頭の奇妙な校則〜
蜂峰 文助
キャラ文芸
〈髪型を選ぶ権利を自由と言うのなら、選ぶことのできない人間は不自由だとでも言うのかしら? だとしたら、それは不平等じゃないですか、世界は平等であるべきなんです〉
薄池高校には、奇妙な校則があった。
それは『当校に関わる者は、一人の例外なく坊主頭にすべし』というものだ。
不思議なことに薄池高校では、この奇妙な校則に、生徒たちどころか、教師たち、事務員の人間までもが大人しく従っているのだ。
坊主頭の人間ばかりの校内は異様な雰囲気に包まれている。
その要因は……【幻想プラシーボ】という病によるものだ。
【幻想プラシーボ】――――人間の思い込みを、現実にしてしまう病。
病である以上、治療しなくてはならない。
『幻想現象対策部隊』に所属している、白宮 龍正《しろみや りゅうせい》 は、その病を治療するべく、薄池高校へ潜入捜査をすることとなる。
転校生――喜田 博利《きた ひろとし》。
不登校生――赤神 円《あかがみ まどか》。
相棒――木ノ下 凛子《きのした りんこ》達と共に、問題解決へ向けてスタートを切る。
①『幻想プラシーボ』の感染源を見つけだすこと。
②『幻想プラシーボ』が発動した理由を把握すること。
③その理由を○○すること。
以上③ステップが、問題解決への道筋だ。
立ちはだかる困難に立ち向かいながら、白宮龍正たちは、感染源である人物に辿り着き、治療を果たすことができるのだろうか?
そしてその背後には、強大な組織の影が……。
現代オカルトファンタジーな物語! いざ開幕!!
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ルナール古書店の秘密
志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。
その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。
それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。
そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。
先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。
表紙は写真ACより引用しています
あやかし探偵倶楽部、始めました!
えっちゃん
キャラ文芸
文明開化が花開き、明治の年号となり早二十数年。
かつて妖と呼ばれ畏れられていた怪異達は、文明開化という時勢の中、人々の記憶から消えかけていた。
母親を流行り病で亡くした少女鈴(すず)は、母親の実家であり数百年続く名家、高梨家へ引き取られることになった。
高梨家では伯父夫婦から冷遇され従兄弟達から嫌がらせにあい、ある日、いわくつきの物が仕舞われている蔵へ閉じ込められてしまう。
そして偶然にも、隠し扉の奥に封印されていた妖刀の封印を解いてしまうのだった。
多くの人の血肉を啜った妖刀は長い年月を経て付喪神となり、封印を解いた鈴を贄と認識して襲いかかった。その結果、二人は隷属の契約を結ぶことになってしまう。
付喪神の力を借りて高梨家一員として認められて学園に入学した鈴は、学友の勧誘を受けて“あやかし探偵俱楽部”に入るのだが……
妖達の起こす事件に度々巻き込まれる鈴と、恐くて過保護な付喪神の話。
*素敵な表紙イラストは、奈嘉でぃ子様に依頼しました。
*以前、連載していた話に加筆手直しをしました。のんびり更新していきます。
ガールズバンド“ミッチェリアル”
西野歌夏
キャラ文芸
ガールズバンド“ミッチェリアル”の初のワールドツアーがこれから始まろうとしている。このバンドには秘密があった。ワールドツアー準備合宿で、事件は始まった。アイドルが世界を救う戦いが始まったのだ。
バンドメンバーの16歳のミカナは、ロシア皇帝の隠し財産の相続人となったことから嫌がらせを受ける。ミカナの母国ドイツ本国から試客”くノ一”が送り込まれる。しかし、事態は思わぬ展開へ・・・・・・
「全世界の動物諸君に告ぐ。爆買いツアーの開催だ!」
武器商人、スパイ、オタクと動物たちが繰り広げるもう一つの戦線。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる