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しおりを挟むそして目を開けた先、そこには多々羅が先程見た通り、あの子供がいた。先程と同じように、その子は、じっとこちらを窺うように見つめている。それに先程は気づかなかったが、その子供の小さな背中に隠れて、もう一人子供がいた。その子は手前の子供と同じ顔をしており、おずおずと小さな背中から顔を覗かせていた。
年齢は、七歳位だろうか。二人とも、大きな瞳に小さな唇で、お人形さんのような愛らしい顔立ちだ。
そっくりな二人であるが、違いもある。手前の少女は、桃色の長い髪に白いワンピースを着て、フリルの襟には金糸で波のような模様が入っていた。その後ろに居た少年は、手前の少女と同じ背格好で、水色の短い髪に白いシャツと半ズボン、襟のフリルには少女とお揃いの模様が入っていた。
それに、少女は勝ち気そうな印象だが、少年の
方は今にも泣き出しそうな顔をしている。その差はあれど、二人はやっぱりそっくりで、有名な双子のキャラクターみたいだと、多々羅は思った。
多々羅が呆然としたままでいると、手前の少女が腰に手をやり、ふんぞり返るように胸を張って多々羅を見下ろした。
「なんだ、ただのへなちょこじゃない」
「…へなちょこ」
「愛に対して失礼な態度ばっかり取って!あたし達、怒ってるのよ!」
「…おこ」
少女が何か言うと、彼女の背中に怯えたように隠れながらも、少年は怖々と顔を覗かせ、言葉足らずにおうむ返しする。多々羅は、その様子をぽかんとして見つめていた。
見慣れてしまえば、可愛いものだ。しかし、この子供が本当に物の化身なのだろうか、多々羅はその確信が持てず、思考は堂々巡りを繰り返し、目を回しそうになっている。
「見える?聞こえる?」
愛に声を掛けられ、多々羅ははっとして顔を上げた。混乱の極みに、息をするタイミングを失いかけていた。
「は、はい」
頷いてはみたが、混乱する頭では、愛が何を指して聞いたのか、分からなくなっていた。この子供達の事を言っているんだよなと、混乱している多々羅に、愛は多々羅の隣にしゃがみ込むと、目の前の子供の頭を順番に撫でた。それにより、多々羅は今、愛と同じものを見ているんだと知る。愛に頭を撫でられた二人の子供は、顔を見合せ、擽ったそうに笑った。多々羅がそれを見て愛に視線を戻すと、愛は穏やかに微笑んでいて、その横顔が幼い頃の愛の姿を思い起こさせ、多々羅はじんわりと胸に温かいものが広がっていくのを感じた。
「この子供達は、ショーウインドウに飾っているティーカップの化身だ。桃色の髪の女の子が、ユメ。水色の髪の男の子が、トワだ」
「それから」と、言いながら愛は立ち上がり、くるりと振り返る。多々羅もそれを視線で追いかけながら後ろを振り返ると、真後ろには見知らぬ男女の姿があり、多々羅はびくりと肩を跳ねさせた。
後ろで佇んでいた男女は大人の姿をしており、女性の方はにこりと微笑みを浮かべながら、ふわりと宙に浮くようにしてやって来る。彼女は多々羅を追い越してユメとトワの後ろにしゃがむと、二人の肩にそっと手を置き、多々羅に申し訳なさそうに微笑みかけた。
「私は、オルゴールの化身、アイリスよ。あなたの足を引っ掛けたのはこの子達だけど、あなたの背中を押して転ばせたのは、私。ごめんなさい、あなたを敵だと思ってしまったの」
オルゴール、そう聞いて、多々羅はショーウィンドウに目を向けた。アイリスの姿は、オルゴールの上で踊っている花の精の人形と、全く同じだった。長いブロンドの髪を両サイドから一房ずつ取り、それをピンクのリボンで結んでいる。淡いピンクのロングドレスを纏い、手足はスラリと長い。元が陶器だからか、肌はつるりと美しかった。笑顔が優しく、包容力を感じさせる女性だ。
「それで、俺がお前の肩を掴み、押さえつけた。脅せば出て行くと思ったんだ…すまなかった」
その声に、多々羅は再び後ろを振り返った。こちらへ歩み出てそう頭を下げたのは、座り込んだ姿勢から見上げたせいもあるだろうが、天井に頭がつくのではと思ってしまう大男だ。二メートルは越えている、と多々羅はその巨体に驚いて怯えたが、実際はもう少し低い。
「彼は、同じくショーウインドウに並んでいる、鉄扇のノカゼだ」
愛の説明に、多々羅はショーウィンドウに並ぶ鉄線を思い浮かべた。
ノカゼは紺地の着流しを着ており、その生地の柄は鉄扇と同じく、紙の繊維がちりばめられたような模様に見えた。そして、鉄扇同様に大きな傷が顔の右側にあり、それが右目を塞いでいた。腰帯には、閉じた状態の鉄扇だろうか、それが刀のような大きさになって差してある。屈強な体つき、その太い腕を見て、多々羅は青ざめた。あの腕でもし殴られたら、恐らく気を失ってしまうだろう。
「彼らは、この店の用心棒なんだ。皆、物の化身で、つくも神だ」
「え、」
多々羅は再び彼らを見上げる。月明かりを背に、皆心なしか誇らしく胸を張っているように見えた。だが、多々羅はその堂々とした姿に、臆病に身を縮こませた。
「…じゃあ、俺を追い出そうとして?」
心強さを感じるどころではない、用心棒が自分を襲ったということは、つまりそういう事だろう。暗闇に押し倒され、体の自由を奪い口を塞がれた。あのまま愛が来てくれなかったら、彼らは自分をどうするつもりだったのだろうか、もうこの店に来たくないと思うほど痛めつける気だったのだろうか。ちらりとノカゼを見上げればその瞳がこちらを見下ろしたので、多々羅はびくりと肩を跳ねさせ俯いた。
愛の役に立つどころか、店の用心棒に疑われているなんて、役に立つ以前の問題だ。そう思ったら情けなくてやるせなくて、多々羅はぎゅっと拳を握った。
そんな多々羅の気持ちを知るよしもないユメは、ふて腐れたように唇を尖らせている。
「だって!愛だってこの子を追い出そうとしてたじゃない!」
「…してた」
ユメとトワの言葉に、アイリスとノカゼも気まずそうに顔を見合せ、戸惑いながらも口を開いた。
「正一から、新しい子がくるから守ってやってって言われたけど、愛が迷惑そうにしてたから…」
「だから、正一が言ったのは別の人間だったんじゃないかと思ったんだ」
彼らがこの一週間、何もアクションを起こさなかったのは、多々羅が正一の言った守るべき人間かどうか見極めようとしていた為なのだろう。そして、愛が多々羅を辞めさせようとしているのを見て、やはり正一が言っていたのは別の人間ではないかと、愛が迷惑に感じてるなら愛を守らなくては、そう思ったようだった。
それを聞き、愛は自分の態度のせいで彼らを誤解させたと知り、焦って彼らに「ごめん、違うんだ」と、説明した。
「確かに、辞めさせようとしてたけど、それは迷惑とかじゃなくて、この仕事が危険だからだ。正一さんがどう説明したか分からないけど、多々羅君は、この仕事の本質を分かってないから」
危険どころか、仕事の話も大した聞いていない。多々羅も宵の店に来る前に、正一に仕事の内容について聞こうとした。同じ職種だって、その会社や店舗によってやり方は異なるのだ、家事をやるにしても仕事をするにしても、情報はあった方が良い。
だが正一は、愛が教えてくれると笑って言うだけで、詳しい話どころか、家がゴミ屋敷に成り果てていた事すら教えてくれなかった。まぁ、ゴミ屋敷化に関しては、愛が徹底的に隠していたからかもしれないが…さすがの愛も、この家の変わり果てた姿を、正一には見せられないと思ったかもしれない。
話はずれたが、それでも多々羅は正一に対して不審に思うことはなかった。本当に危ない事があるなら、正一は言う筈だと多々羅は思っている。正一がそれを言わないのは、本当は危険などないからか、もしくは他に理由があるからだろうと。
多々羅はその理由が分からず、愛に詰め寄った。
「本質?何ですか?俺、教えてくれないと分かりませんよ。どうして教えてくれないんですか?」
正一は、危険があると知ったら、自分は愛の
仕事を手伝わないと思ったのだろうか。それにしたって、言わない理由にはならない。どうして誰も教えてくれないのか、そんなに自分は信用ならないのだろうか、こんな自分は、やはり愛にも必要としてもらえないのか。
落ち込む気持ちは、考えをあちこちに飛び散らせ、不安をいっしょくたに纏めて引きずりあげる。
ない交ぜになった思いの先には、誰の何にもなれない、空っぽのままの穂守の兄でしかない自分がいる。愛の前でもそれでしかいられない自分を認めなくなくて、だから多々羅はつい必死になってしまう。
「俺、そんなに役に立ちませんか?信用出来ませんか?仕事も何も教えてくれない、そりゃ、俺は何も見えないし聞こえないし…」
言いながら、多々羅は自分の言葉を否定しきれなくて、言葉を失った。そりゃそうだ、物の化身なんて見る力もない自分は、仕事の邪魔にしかならない。
どうしてこんな時に気づいてしまうのだろう、どうして、こんな自分でも役に立てるなんて思ったのだろう。
「…どう考えても、俺はお荷物ですよね」
正一も、どうして自分に仕事を勧めたのか、もしかしたらただの気遣いだったのかもしれない。自分ではそういうつもりはなくても、落ち込んでいたように見えたのかもしれないし、幼馴染みと一緒なら、気が楽だと思ったのかもしれない、自分にとっても愛にとっても。愛を心配している気持ちは本当だろうし、自分に対しては、ちょっとしたきっかけを作ってくれただけかもしれない、気持ちを前向きにするきっかけ、正一はただそれだけのつもりだったのかもしれない。
そんな風に落ち込む多々羅を見て、愛は目を瞬いていたが、やがて気まずそうに視線を泳がし、項を手で擦った。
「…お荷物じゃないから、教えたくなかったんだ」
ポツリと溢した呟きに、多々羅はきょとんとして顔を上げた。
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