瀬々市、宵ノ三番地

茶野森かのこ

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店の入り口のドアを開けると、そこには長身の男性が、段ボール箱を抱えて立っていた。

「どうもー、宵ノぜろ番地でーす」

陽気にやって来たのは、新渡戸壮夜にとべそうや、二十八歳。背は、百八十センチを軽く越えているだろうか。ピンクのメッシュが入った髪、前髪はオレンジのヘアバンドで上げらて、おでこが見えている。服装は、オレンジの蛍光色のアウターに、中はタンクトップ、穴の空いたジーンズにブーツと、とにかく原色強めの派手な出で立ちの男だった。

「お疲れ様、今日は二箱?」
「あぁ、悪いなー、いつも数がまちまちで」
「良いよ、多かった分は上乗せしてくれるんでしょ」
「三番地さんはいつも丁寧にやってくれるからね、ちゃんと上に言っておくからさ」
「ありがとう」

愛はそう言いながら、壮夜が差し出した台帳にサインをした。

「どう?何か分かったー?一番さんの事」

「一番さん」という壮夜の言葉に、多々羅たたらは何の事だろうと首を傾げた。

「何も」
「そっかー。うちもさー、一番さんが居なくなってから、相変わらず振り分けに困っててさー、だから、三番さんにも頼る事多くなるかもだけど」
「うちは構わないよ、その分、情報も得られやすいし」
「助かる!いつものとこで良い?」
「うん、よろしく」

「了解!」と、壮夜は人懐こい笑顔を浮かべながら、愛にファイルを手渡し、愛は壮夜に鍵を手渡した。ファイルは、あの段ボール箱の中身と関係があるものだろうか、それに愛が手渡した鍵は、多々羅は初めて見るものだった。

「あれ?見ない顔だね…新入り?」

そう声を掛けられ、多々羅ははっとして挨拶をしようとすると、「すぐに居なくなるかもだけどな」と、ファイルの中身に目を通しながら愛が言う。多々羅は、ムッと表情を歪めたが、すぐに気を取り直して壮夜に向き直った。

御木立みきたて多々羅といいます。一週間前に入ったばかりなんです」
「俺は、零番地の新渡戸壮夜。よろしくねー」

にこりと笑顔を見せる壮夜、大柄で派手な壮夜は、何となく近寄り難い印象を持ったが、こうして言葉を交わしてみると、棘もなくいい人そうだ。
荷物を置く場所は倉庫部屋だろうかと、多々羅が応接室のドアを開けると、壮夜は礼を言いながら中に入った。その際、多々羅に同情した様子で眉を下げた。

「それにしても、あいつの相手じゃ大変でしょ」
「…いえ、そんなことは」

そう言うしかない。多々羅が苦笑えば、後ろから愛がやって来て、しかめ面で壮夜の背中を押した。

「うるさいぞ、壮夜。さっさとそれ置いて帰れ!」
「はいはい、分かった分かった!押すなって~」

壮夜は応接室の更に奥、倉庫部屋と呼ばれている部屋のドアの鍵を開けて中に入った。あの倉庫部屋は、多々羅はまだ一度も足を踏み入れた事がない。掃除をしようとしても、愛は必要ないと言うばかりで、愛があの部屋の鍵を開ける事はなかった。
秘密にされれば気になるもの。これはまたとないチャンスだと、多々羅は壮夜の後ろから首を伸ばして部屋の中を覗こうとした。だが、愛にはそれもお見通しだったのか、多々羅は愛に首根っこを掴まれ、部屋の中を見る事は叶わなかった。

「ちょっ、苦しい!何で俺は中に入っちゃいけないんですか?」
「必要ないからだよ」

必要ない。それは、多々羅に出来る仕事がないから、という意味だとしても、多々羅はムッと表情を歪めた。自分がここには必要ない、そう言われたと思ったからだ。
そんな二人の様子を見て、壮夜は可笑しそうに笑い、二人の肩を叩いた。

「ほらほら、正一さんも居ないんでしょ?多々羅君を大事にしないと、逃げられちゃうよ」
「お前はさっきからうるさいぞ!仕事が終わったらさっさと帰れ!」
「はいはい、またね~」

壮夜から鍵を受け取り、愛は壮夜の背中を再び押していく。壮夜は追い出されるように店を出ていった。少ししてバイクのエンジン音が鳴り、それが次第に遠退いていく。恐らく壮夜のバイクだろう。

「仲良いんですね、零番地って言ってましたけど、この店の系列ですか?」

この店は、“三番地”だ。そういえば、店の番号にはどんな意味があるのか聞いていなかった。昔はこの辺の住所が三番地だったのかな、となんとなく多々羅は思っていたが、もしかして“零番地”は本店で、“三番地”は三番目に開いた支店、という意味なのだろうか。

「別に仲良いわけじゃないよ。零番地は…、そうだな、系列店と思ってくれていい」
「本店とか?この店って、そんな大きな会社だったんですか?」
「本店とは違うけど、まぁ、支店みたいなものは幾つもあるな」
「あの箱の中は何が入ってるんですか?探し物とは別の仕事って、あれの事ですか?」
「だから、多々羅君は知らなくても良い事だってば」

話の流れでこのまま聞き出せるかと思ったが、そんな簡単にはいかないみたいだ。

「教えてくれたって良いじゃないですか!俺、悪いけど辞めませんよ!」
「明日になれば分からないだろ」
「…写真」

ボソッと呟いた多々羅の言葉に、愛はびくりと肩を震わせた。しかし、めげずに背を背ける。

「…み、見たければ、見ればいいよ!どっかにばらまいたって、俺は平気だし!」
「またまた、無理しちゃって。良いんですか?本当に良いんですか?誰にも知られたくない秘密なんでしょ?」

しつこく聞けば、愛はくるっと振り返って、多々羅にしがみついた。

「…やっぱり駄目だ!写真どこやった!」
「教えられませんよ、そんな事」
「…じゃあ、俺も教えない」
「えぇ?それはズルくないですか?」
「ズルい事言い出したのは、そっちだろ」

「ちょっと店長!」と、怒って階段を上がる愛を多々羅が追いかける。

誰も居なくなった静かな店の片隅で、ぼんやりと白く光が灯っていた事に、多々羅は気づかなかった。



  
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