メゾン・ド・モナコ

茶野森かのこ

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そして、その二日後、作戦は決行された。


“ミオの部下が、火の玉騒動の犯人を特定させる為、襲われた人間に聞き込みするらしいぞ、妖の事を分かってる人間らしいし、犯人逮捕に一役買いそうだな”

犯人が通りかかった近くで、カラスに化けたミオの部下達が、そんな噂話をこそこそと話し始めた。

それを耳にした犯人は、焦ってメゾン・ド・モナコのアパートへ駆けつけた。ナツメはその様子を外からこっそり見て確認し、アパート内にいる住人達に合図を出した。古典的だが、アパートの窓に小石を打ち付けるのが、その合図だ。それによって、なずなは透明になって姿を消した春風はるかぜと共に玄関を出た。

「一人で大丈夫?」
「すぐ、そこですから」

そうマリンとハクと言葉を交わす演技をし、なずなは、なるべく不自然に見えないよう、いつも通りを心がけて二人に背を向けた。大分ぎこちないが、アパートの生垣の隙間からなら、そこまで見えはしないだろう。

アパートの敷地外に出るのは、アパート内に居るよりも外に誘き出した方が、犯人も警戒しないだろうと考えての事だった。

「大丈夫、みんな側にいるからね」

ぽん、と透明で見えない春風に肩を叩かれ、なずなは小さく深呼吸をした。

「事が済んだら、ちゃんと手紙を受け取るよ」
「…え?」
「ほら、前、前!」
「は、はい」

春風は今、手紙を受け取ると言った、教えるのではなく。何故と疑問が沸いたが、今は作戦の成功が先だ。近くに自分を狙う妖がいる、気を引き締めなければ。

アパートのアーチをくぐり抜け、なずなは人通り少ない道を選んで進む。この先にも商店があるし、一人歩いていても、きっと不審には思われないだろう。それに今の時間、本来ならフウカ達は仕事で家を留守にしている時間だ、駄目押しに、ミオの部下達がその情報を犯人に吹き込んでいる為、犯人の警戒も薄い筈。まさか、皆がなずなの側にいるとは思わないだろう。

恐らく、周囲に人や妖の気配がないような場所で襲って来ると予測を立て、とある空き地の前に差し掛かった。ここは、ナツメの友達である猫達が、テリトリーとしていた場所だ。

「気をつけて」

春風の囁きに身を強ばらせた瞬間、またこの間のように、ピキピキと空間を割るような音が、なずなを取り囲んだ。
図ったようなタイミングにはっとして振り返ると、そこには男が立っていた。

見た目は普通の人間と変わらない、キャップを目深に被り、Tシャツにジーンズ。だがその腕には、鱗のような物が見えた。

「姿を隠しもせず現れたか」

ぽん、と春風に肩を叩かれ、なずなが彼を見上げた途端、バリン、と鈍い音が辺りに響き、なずなは短く悲鳴を上げた。粉々になった結界の破片が結晶となって辺りに飛び散り、それは煌めく粉となり、次第に消えてしまった。

「な、なんでお前がここに!」

怯む男の目に春風が映る。すぐさま水の細かな泡が、空き地の周囲一帯を取り囲んだ、マリンの術だ。男は背を向け逃げようとするが、泡の壁に阻まれ逃げ出せない。そうこうしている内に、ギンジが飛び出して来て、あっという間に男の腕を捻り上げ、地面に押し付けてしまった。

「これは…?」

キラキラ煌めく泡の壁に、マリンはふふと微笑んだ。

「私の結界よ。今、外からは、私達の姿は人間に見えていないはずよ」

泡の内側にはメゾン・ド・モナコの住人達、外にはミオとナオ、そして側の塀には、ミオの部下と思われるカラスが三羽止まっていた。

「お前が火の玉の真犯人だな!」
「違う!離せ!」
「近所の猫達から証言も取ってる。この間捕まえた火の玉男の側に、お前がいたってのもな!」

猫から人の姿に戻り、ナツメも男の顔を覗き込んだ。改めてその顔を確認すると、ふんと鼻を鳴らした。

「こいつならやりかねないよ、な、フウカ」

そうフウカに問えば、フウカは何か言葉にしようとしたが、すぐにその口を引き結んだ。
その様子に、ナツメは「どうしたんだよ」と首を傾げた。

「フウカさん?」

急に口を噤んだフウカに、なずなも不思議になり声をかけると、ギンジに押さえつけられている鱗の腕の男が、ハッと笑った。

「アンタが俺の事とやかく言えんのかよ!アンタのせいで彼女は一生消えない傷を負った!今でも悲しんでる!アンタは罰を受けるべきだ!一人で逃げやがって…!」

放せ、と男が喚くが、ギンジの力は強く、男は逃げられそうもない。

「それを君が言うのか…だとしても、君がやった事が正しいとは思わないけど」

春風が、やれやれと溜め息混じりに呟いた。

「取り敢えず場所を変えよう、マリン君もその方が安全だ」

春風がミオ達を振り返ると、ミオとナオも了解したようだ。

「俺達も一緒に行かせてもらうよ」

ミオの言葉を合図に、マリンの結界が解かれていく。犯人はまだ抵抗を見せていたが、ギンジに腕を掴まれ歩き出す。
こうしてみると、犯人にとっては呆気ない幕切れだ。

しかし、犯人が捕まったとはいえ、まだ何も解決していないし、心配事もある。

「フウカさん、」

顔を伏せたままのフウカに、なずなは再び声をかけた。
なずなの心配そうな表情に、フウカは苦笑う。フウカの手が微かに震えている事に気付き、なずなは咄嗟にその手を握った。

「大丈夫です、フウカさん。怖い事なんてもうありませんよ」
「フウカ、」

それを見たハクが、フウカの空いている手をきゅっと握る。
驚いていたフウカも、二人の気持ちはグローブ越しでも伝わったのだろう。そっと肩から力を抜いたようだった。

「…そうですね、僕も逃げてばかりじゃいけませんね」

ありがとう、と言うと、フウカはぎゅっと、二人の手を握った。




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