メゾン・ド・モナコ

茶野森かのこ

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「あれは、春風はるかぜさんの仕業ですか」
「ちょっと、そのじっとりとした目やめてよー、あれが僕の真骨頂だよ?なんせ貧乏神だからね」

パチリとウインクされても、なずなは溜め息しか出ない。聞けば、混み合って忙しく働くのが面倒で、力を使ってお客さんを来ないようにさせていたらしい。

「怠けてるんですから…」
「まぁまぁ、今は大盛況だから良いじゃない。それよりこの後はどうする?」

春風の問いに、なずなは少し言いづらそうに瞳を揺らした。

「あの、せっかくここまで来たので、病院にお見舞いに行きたいんですけど、ダメですかね?」
「お見舞い?」
「おばあちゃんなんです、年齢のせいもあると思うんですけど、病気がちで」
「…そうか、そうだね、僕も行くよ」
「え、いいんですか!」
「うん、お付きがいれば危ない事もないからね」
「良かった!もうちょっと電車に乗るんですけど」

行きましょう、とほっとした様子のなずなに手招かれ、春風はその後を追いかけた。



そうしてたどり着いたのは、そこから三駅先の駅で、二人は、駅から十分程歩いた先にある大きな総合病院に向かった。
もう時刻は昼を迎えているが、ロビーや待合室は、診察待ちかそれとも会計待ちか、患者や病院のスタッフで溢れていた。


祖母の居る病室前に着くと、春風は「あっちで待ってるから」と、フロアのロビーの方へ向かおうとするので、なずなは慌てて声をかけた。

「春風さんも良かったら、祖母に会ってくれませんか?せっかくですし」

春風には世話になっている、なずなとしては紹介したかったのだが、春風は笑って手をひらりと振った。

「せっかくだけど、お祖母さんも君とゆっくり話したいだろうしさ。僕の事は気にしなくて良いから、行っておいで」
「…あ、」

なずなが引き止める間もなく春風は行ってしまい、なずなは諦め病室へと入っていった。

なずなが病室に入って行くと、春風はその足を止め、それから踵を返すと、そっと廊下から病室を覗いた。仕切りのカーテンを開けているので、なずな越しに、その人の姿が廊下からでも良く見えた。
キレイな白髪に痩せた体、なずなを見つめる優しげな微笑み、あぁ似てるなと春風は思い、そっと彼女から目を逸らした。

あの人は幸せになったんだなと感じる一方、聞きたい事、話したい事、胸の中で思い浮かぶその微笑みには、もう会える事はないんだと今更ながら思い知り、帽子の鍔をぐっと下げた。

「まったく、いけないね、こんなんじゃ」

そろそろ彼女を自由にしてあげなくては。春風は静かな病院の傍ら、そっと口元に笑みを乗せる。見えない表情は、涙を呑み込んでいるようだった。






病室では、なずなと祖母のサキが、和やかに言葉を交わしていた。

「今ね、アパートでハウスキーパーやってるんだ」

なずなの言葉に、サキは目を丸くした。

「大丈夫なの?なずちゃんは料理が下手なんだから…」
「それ言わないでよ、助けてもらいながらやってる。昨日はカレーが上手く作れたんだよ!」

胸を張るなずなに、サキはおかしそうに笑い、それから懐かしそうに目を細めた。

「ヤヱばあちゃんと同じね」
「え?でもヤヱばあちゃんって、レストランやってたんでしょ?」

それなら、料理は得意ではないのか。首を傾げるなずなに、サキは困った顔を浮かべた。

「実家のレストラン、あの手紙の住所の場所ね。あそこに居た時は、料理がてんでダメだったらしいけど、後からいっぱい練習したそうよ。何でも見返したい人がいたとか」
「そうだったんだ…それが、手紙の人なのかな?」
「さあ、どうなのかしらねぇ」

寂しげに微笑むサキに、なずなは少しでも喜んで欲しくて、笑みを浮かべて身を寄せた。

「あの手紙の事だけど、もうすぐ手がかり掴めそうなんだ」
「本当…?」
「うん、宛名の人の事、分かる人と知り合えたから…教えて貰えるのは、ちょっと先になると思うんだけど」
「そう…良かったわ、なずちゃんに預けて正解ね。これでヤヱばあちゃんの思いも伝えられるわ」

ほっとしたようにサキは微笑んだ。なずなは頷きつつ、その為にちゃんと自分の役割を果たさなくてはと、心を奮い立たせていた。




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