メゾン・ド・モナコ

茶野森かのこ

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夜も深まり、皆はそれぞれの部屋に引き上げていった。
今日のパトロール当番は、ギンジと春風はるかぜだった。そこで出くわしたのは、火の玉騒動の犯人ではなく、人間のひったくり犯だったという。まさかのお手柄だったが、ギンジは不満たらたらだ。極力人と関わりたくない上に、今日も空振りだったからだろう。だが、あれだけ面倒そうにしていたにも関わらず、ギンジはパトロールには積極的だ。その姿を見ていると、自分はもしや邪魔なのではとネガティブな考えが頭を過り、なずなは心なしか気が沈んだ。
フウカから感じた壁や、皆に守られてばかりいる自分は、皆にとって迷惑でしかないのではと、どうしても考えてしまう。一度思い込んでしまえば、なかなかその不安から抜け出せない、アパートの皆を大事に思えばそれは更に深くを抉って、まるで底なし沼のようだ。

夢を失ってから、悩み癖でもついたのかな、なんて自分を笑ってみても、上手くいかなかった。


「なずな」

ぼんやりしながらテーブルを拭いていると、ハクが躊躇がちに目を伏せながら、なずなの袖を引いた。

「どうしたの?」
「さっきの話…、どんな子だったの?」
「ん?…あ、アパートを覗いてた子の事?」
「うん、声を掛けてきた子」
「うーん、背はハク君位だったかな、利発そうな子だったよ。後は…、あ、ランドセルに、白い犬のキーホルダーつけてたかな」

顔を見れば思い出せるが、その人の特徴を伝えるとなると、なかなか難しい。かろうじて捻り出せたなずなの答えに、それでもハクははっとした様子だった。

「その子、僕を助けてくれた子かも」
「え、本当?」

「どうしました?」

ふと声を掛けられ振り返ると、風呂上がりのフウカがいた。お風呂は、フウカが最後になってしまったようだ。湯上がりのフウカはどことなく色っぽく、なずなは思わずどきりとして、分かりやすく狼狽えてしまった。

「あ、あの、さ、さっき話した小学生が、ハク君を助けてくれた子らしくて」
「助けてくれた?もしかして、あの時の子かな」
「え、知ってるんですか?」
「はい。ハクが僕の忘れ物に気づいて、駅まで追いかけてきてくれた事があったんですよ。その帰り道、ちょっと怖くなっちゃったんだよね」

ハクは、恥ずかしそうに俯きながらも、小さく頷いた。

「狸の姿で踞っていた時、近所の野良猫から手痛い歓迎を受けたらしくて」
「野良猫が?」
「ナツメ君は知り合いかもしれませんね。この辺りのボス猫だったみたいで、きっとテリトリーから追い出そうとしたんだと思うんですけど。それで、傷を負いながらも、どうにかアパートまで帰ってきて、生け垣のところで休んでいた時、通りすがりの少年が、ハクの怪我した足にハンカチ巻いてくれたらしくて。学校があったから、そのまま行っちゃったらしいんですけど、その事かな?」

フウカの言葉に、ハクはしっかりと頷いた。その後、少し休んだハクは、生け垣をくぐり抜け、無事にアパートの敷地内に戻ったという。

「…僕、人の子に優しくされたの初めてだった。そのハンカチ返して、お、お礼言いたくて」
「そうだったんだ…でも、狸の姿で会ってたなら、お礼を言うのも難しいですね」
「まず、その子かどうかも確かめないと。確かめたら、僕が返してあげようか?」

フウカの問いに、ハクは少し考えてから、首を振った。

「…自分で、お礼言いたい」

きゅっと手を握りしめながら、しっかりと自分の意思を口にしたハクに、なずなは嬉しそうに表情を綻ばせた。

「じゃあ、今度声かけてみようか。もしかして、僕の狸を助けてくれたのはあなたですか?って」

ハクは、ぱっと表情を明るめてなずなを見上げると、うん、と元気良く頷いた。

「こういう言い方なら…、問題ないですよね」

なずなが少し躊躇いつつもフウカに尋ねると、フウカはどこか表情を曇らせていたが、それでも、そっと表情を緩めてくれた。そこには、先程のような壁は感じられず、なずなはほっとした。

「ハクが望むなら、僕は反対しないよ」

ぽん、と頭を撫でられて、ハクは安心した様子で頷くと、パタパタと自室へ駆けて行った。だが、なずなには一つ心配な事があった。

「あの、フウカさん、あの子の友達が、ここをお化けアパートだって言ってて、私もお化け扱いされたので、ハク君が傷つかないか、その心配もあるんですが…」
「まぁ、そうですよね…僕はすっかり慣れてしまいましたが。ここは噂の的ですから」

苦笑うフウカに、なずなは心配になる。

「何か言われたりしましたか?」
「あの人、アパートから出てきたけど普通の人だよね、という疑念の眼差しを」

フウカ自身はどうみても人間だし、素敵な人ねと目で追っていたら、お化けアパートに入って行ったので驚いた、というパターンもありそうだ。近所の人達にとっては、ここの住人よりも、この建物自体がお化けという認識なのかもしれない。

「でも、あながち間違いではないですからね。
僕らが異質なのは本当ですから」

笑って言うフウカに、なずなは何故そんな風に言うのかと、悲しくなる。
確かにフウカ達は人間じゃない、人間から見たら妖は異質かもしれない。でも、そう思うのは妖を知らないからだ。妖を知り、フウカ達を知るなずなには、フウカ達が異質だなんて思えない。
フウカとなずなの違いなんて、人種の違いのようなものだ、なずながそう思いたいだけかもしれないが、それでも。

「フウカさん達は、異質じゃないですよ。妖とはいえ、一緒の世界で暮らしてる、人と同じじゃないですか」
「…そうですね」

フウカの言葉が、表情が、またなずなを寂しくさせる。
あなたと僕は違う、そんな風に言われているような気がして、引かれた一線が、越えられない壁のような気がして、なずなはただ悲しかった。



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