メゾン・ド・モナコ

茶野森かのこ

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「何か分かったら連絡するから。皆さんも引き続き、この騒動の収束に向けてよろしくお願いします」

そう言い残し、目を覚まさせた火の玉男を連れて、ミオとナオはアパートを去って行った。
アパートの敷地内には車が停まっている、二人はこの車でやって来たようだ。庭の草むしりをやっておいて良かったと、なずなは思った。
ハクは玄関を出て、敷地の入り口に架かるアーチから顔を出し、立ち去る車を見届けている。なずなもハクに倣って、足を庇いながら、どうにかアーチまで歩いて車を見届けた。ハクは先程から頬を紅潮させて、なんだかとても嬉しそうだ。

「ミオさんと、仲良いの?」

先程のやり取りを見て思ったのだが、ハクは慌てた様子で首を横に振った。まるで、そんなのおこがましい、とでも言っているかのようで、なずなは再び首を傾げた。そんななずなに、ハクはやはり恥ずかしそうに俯きながらも教えてくれた。

「ミオ様は、僕の憧れだから…」
「憧れ?」
「ミオ様は、ヤタガラスの一族の中で、唯一白い翼を持って生まれた。白はヤタガラスにとって不吉な色だから、いっぱい酷い事を言われたって。でも、努力して、今は皆に慕われて、かっこよくて。…僕も同じ白だから」

ハクは躊躇いながらも、言葉にした。人でいう肌の色の違いからくるような格差が、妖にもあるのだろうか。ハクも、そういった差別を受けてきたのだろうか。

「…凄い妖なんだね、ミオ様って」
「…うん!」

なずなの言葉に、ハクは落ち込む顔を上げ、キラキラと瞳を輝かせた。そんな顔を見ていたら、なずなも嬉しくなる。人も妖も変わらない、ままならない事を抱えながらも、懸命に日々の生活を送っている。そんな中で、自分は何が出来ているだろうかと、不意に思う。

なずなは彼らに守られてばかりだ、それは、夢を失ってどこへもいけなかった時の自分と重なって見えて、まだあの頃の自分と何も変わっていないんだと、思い知らされるようだった。



「さぁて、では早速、なずな君の家に向かおうか。何か手がかりを残していってくれてるといいけどね」

春風はるかぜがやって来て、そう声を掛けた。ぽん、と肩を叩く優しい声に、なずなは肩から力を抜いた。
まるで、なずなの気持ちを分かって、慰めてくれているようだ。こうしてなずなの気持ちを察してくれるのは、彼が神様だからなのだろうか。それとも単純に、彼の人柄なのだろうか。
どちらにせよ、なずなにとって春風は、いつの間にか頼れる存在になっていた。



そうして、皆でなずなのアパートに向かう事になった。
まだ足が痛むだろうという事で、ナツメの自転車を勝手ながら拝借し、サドルになずなを乗せ、その自転車を春風が押している。ハクは後ろで荷台を押していて、ハクのご機嫌な様子に、マリンは嬉しそうに笑っている。
だが、皆に囲まれて座っているだけのなずなは、どうしても人目が気になってしまい、マリンにからかわれては、悶絶を繰り返していた。



アパートに着き、昨夜と変わらない部屋の惨状を見て、なずなは改めて絶句した。明るい日の下で見ると、その惨状がより鮮明に見え、夢ではなかったのだなと、思い知るようだった。

「あちゃ~予想以上だね」
「何もここまでしなくてもねぇ…なずちゃん、大事な物とかは無くなってない?」
「えっと…」

通帳や印鑑、大事な書類等は棚の引き出しの中だ。それを先ず確かめようと、よろよろと室内に入った時、部屋の隅で、きちんと壁に立て掛けられたままのギターを見つけた。

「…あ、」

散乱する荷物の中、倒れもせず立て掛けられたままのギターを見て、なずなは通帳の事も忘れ、ホッと胸を撫で下ろしていた。

「…大丈夫です、ちゃんとありました」

振り返りそう言えば、皆も安心した様子だ。

「それは良かった。じゃ、ちゃっちゃとやっちゃいますか」
「ふふ、お片付けは得意よね?ハクちゃん」
「うん!」
「ありがとうございます、皆さん」

春風が倒れた家具を起こし、マリンとハクが散らばった物を一纏めにしてくれる。
なずなは、ギターをそっと撫でた。最近は触れる事もなかった。夢に敗れ、もう触る事も無いと思っていたけれど、真っ直ぐ立つギターを見て、ホッとしていた。なずなが落ち込む間も、この子は真っ直ぐ立っていたのだと、そんな風に思えたからだ。
敗れた夢とはいえ、ギターは大事な存在だった。ずっとなずなを支えてくれた、それは今だって、大事な相棒に変わりはない。

「…ごめんね」

そう声を掛けたなずなの顔は、どことなく晴れやかだった。いつまでも引きずってはいけないと、この子に叱咤された気分だ。この部屋を片付けたら、ちゃんと一歩が踏み出せるかもしれない。曖昧にしていた、新しい日々への一歩を。
これで、区切りをつける。
なずなは決心して頷くと、早速皆に混じって、作業に取り掛かった。

マリンやハクが纏めてくれた荷物から、必要な物、日用品や服等を鞄に纏めていく。
まだ、火の玉の真犯人が捕まっていないので、それまではメゾン・ド・モナコでお世話になる。
必要な物以外は、元の場所に片付けていった。春風は、家具を起こしつつ部屋の様子を見ていたが、特に妖の気配のするものはなかったようだ。
火の玉の真犯人は、この部屋を訪れてはいないのだろうか。

「一応、犯人が捕まるまでは、アパートには帰らない方がいいね。もし必要な物を取りに来るなら、必ず誰かと一緒に来る事。あと、外も一人では出歩かない方がいいだろうね」

春風の言葉に頷き、なずなは頭を下げた。

「皆さん、ありがとうございます、本当にすみません!」
「もう、なずちゃんが気にする事は何もないわ」
「早く犯人捕まえられるように頑張るからさ、フウカ君達が」
「あら、春さんがやらないと」

またミオちゃんに怒られるわよ、と笑うマリン。
なずなは、温かな皆の気持ちに頬を緩めた。そして、玄関の鍵を締める。背中には、相棒のギターを背負い、新たな一歩を踏み出していく。





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