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しおりを挟む翌朝、なずなはベッドから体を起こすと、そっと床へ足を下ろした。
「痛!」
ちょっと爪先に力を入れただけで、皮膚がピリッと裂けるような痛みが走った。ジクジクと続く痛みに溜め息が零れる、昨夜は非現実的な事が起きすぎて、アドレナリンでも出ていたのだろうか、一晩たてば昨日よりも痛い気がする。それとも、怪我した翌日とはそんなものだったろうか。
しかし、ずっとこうしている訳にもいかない。なずなは気合いを入れて立ち上がった。
まだ足の裏は痛くてつけないし、爪先をついても痛かった。ならば踵を使ってどうにか歩くしかない、幸い左足の傷はあまり痛まなかったので、壁や家具に掴まれば、びっこを引く形だが歩く事が出来た。
昨夜、マリンから借りた洗顔や歯ブラシセットを持って一階へ降りていくと、火の玉男は昨夜と同じように、リビングの隅にうずくまっていた。昨夜と同じ態勢を見て、一度も意識を取り戻していないのか、まさか死んでしまったのではと、なずなは心配になり近寄ろうとすると、「おはよ」と、ぼんやりとした声が背後から聞こえた。
驚いて振り返ると、ソファーに寝転がる春風がいた。春風は寝間着の浴衣姿だったが、寝る時も、帽子を顔に被せているようだ。
「おはようございます、ずっとここで寝てたんですか?」
「見張りは必要でしょ、それより近寄らない方がいい」
「この人、大丈夫なんですか?」
なずなの問いに、春風はおかしそうに笑いながら体を起こした。
「君は襲ってきた妖の心配までするんだね」
「…あ、すみません、その」
「謝る事はないよ、人とは優しい生き物だなと思ってね」
「…人とか関係ありませんよ。皆さんだって優しいじゃないですか」
「おや、嬉しい事を言ってくれる。ここに来たのが君で正解だったかな」
目を細める春風に、なずなはきょとんとした。
「うちには色々いるからさ。あと、その男は生きてるよ。眠らせているだけだから気にしなくていい、さ、皆も起きてくるだろう、混まない内に顔を洗っておいで」
「はい」
なずなはほっとして、洗面所へ向かった。
ナツメのTシャツやズボンは、なずなが着ても違和感がなかった。背丈がナツメの方が少し高く、さすがに肩はズレるが、サイズ感の違いはそれくらいだ。昨夜それを知ったナツメは悔しそうだったが、なずなにとっては、ナツメがこの体型で有り難かった。マリンのスケスケのネグリジェでは、こんな風に気軽にアパートの中を歩く事は出来なかっただろう。
廊下を行くと、右手にはキッチンがあり、左手には引戸が二つある。片側の戸を開けると、洗面所と風呂場があり、もう一つの引戸がトイレだ。
洗面所で顔を洗い終え、ふぅ、と一つ息を吐くと、フウカがやってきた。ふぁ、とあくびを噛み締めて「おはよ」と言う彼に、なずなは目を瞬いた。フウカは寝起きからしゃんとしているんだろうなと、勝手に思い込んでいたが、頭はボサボサで、こんな風にあくびをしながら話す事もあるんだなと、彼の意外な一面が見れて、少し得した気持ちになった。
なずなが「おはようございます」と応じると、目を擦っていたフウカは驚いた様子で目を見開き、勢いよく後退った。
「す、すみません!ナツメ君かと思って、」
きっと、服と背格好だけでナツメだと判断したのだろう、寝ぼけ眼では、確かに間違う事もあるかもしれない。
慌てて洗面所から出ていこうとするフウカに、なずなは慌てて呼び止めた。
「え、こちらこそ、お先にすみません!フウカさんどうぞ!」
呼び止められ振り返ったフウカは、ボサボサの頭をそのまま、顔を真っ赤に染めて、うろうろと視線を彷徨わせている。なずなは顔を洗っていただけなので、今更見られて恥ずかしい事もない、すっぴんを見られてはいるが、普段からばっちりお化粧をしてる訳でもなし、雑草取りで汗をダラダラ流していたり、泣き顔や失神した顔も見られている。フウカに対して少なからず好意を寄せてはいるが、それでも、まぁ今更仕方ないと、開き直ってしまうのがなずなだ。
だが、フウカは少し照れくさそうだった。
「すみません、朝はそんなに得意じゃなくて…」
「え?誰より早起きなのにですか?」
「僕が起きないと、皆の一日が始まらないので」
まるで一家の母親だ。苦笑うフウカに、なずなは瞳を輝かせた。
「私、通いに戻ったら、朝は少し早く来ますよ」
「え?」
「料理はまだダメですが上達させます!それ以外もしっかりやりますから、朝はお任せ下さい!そうしたら、フウカさんも少しはゆっくり出来るでしょ?」
少しでもフウカの力になろうと、熱を込めて言うなずなに、フウカはまだ寝癖をつけながらも、いつものように微笑んだ。
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
「はい!」
二人のやり取りを遠巻きに耳をそばだてていた春風は、うんうん、と頷いた。
「いい傾向だね」
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