メゾン・ド・モナコ

茶野森かのこ

文字の大きさ
上 下
26 / 75

26

しおりを挟む




翌朝、なずなはベッドから体を起こすと、そっと床へ足を下ろした。

「痛!」

ちょっと爪先に力を入れただけで、皮膚がピリッと裂けるような痛みが走った。ジクジクと続く痛みに溜め息が零れる、昨夜は非現実的な事が起きすぎて、アドレナリンでも出ていたのだろうか、一晩たてば昨日よりも痛い気がする。それとも、怪我した翌日とはそんなものだったろうか。
しかし、ずっとこうしている訳にもいかない。なずなは気合いを入れて立ち上がった。

まだ足の裏は痛くてつけないし、爪先をついても痛かった。ならば踵を使ってどうにか歩くしかない、幸い左足の傷はあまり痛まなかったので、壁や家具に掴まれば、びっこを引く形だが歩く事が出来た。

昨夜、マリンから借りた洗顔や歯ブラシセットを持って一階へ降りていくと、火の玉男は昨夜と同じように、リビングの隅にうずくまっていた。昨夜と同じ態勢を見て、一度も意識を取り戻していないのか、まさか死んでしまったのではと、なずなは心配になり近寄ろうとすると、「おはよ」と、ぼんやりとした声が背後から聞こえた。
驚いて振り返ると、ソファーに寝転がる春風はるかぜがいた。春風は寝間着の浴衣姿だったが、寝る時も、帽子を顔に被せているようだ。

「おはようございます、ずっとここで寝てたんですか?」
「見張りは必要でしょ、それより近寄らない方がいい」
「この人、大丈夫なんですか?」

なずなの問いに、春風はおかしそうに笑いながら体を起こした。

「君は襲ってきた妖の心配までするんだね」
「…あ、すみません、その」
「謝る事はないよ、人とは優しい生き物だなと思ってね」
「…人とか関係ありませんよ。皆さんだって優しいじゃないですか」
「おや、嬉しい事を言ってくれる。ここに来たのが君で正解だったかな」

目を細める春風に、なずなはきょとんとした。

「うちには色々いるからさ。あと、その男は生きてるよ。眠らせているだけだから気にしなくていい、さ、皆も起きてくるだろう、混まない内に顔を洗っておいで」
「はい」

なずなはほっとして、洗面所へ向かった。
ナツメのTシャツやズボンは、なずなが着ても違和感がなかった。背丈がナツメの方が少し高く、さすがに肩はズレるが、サイズ感の違いはそれくらいだ。昨夜それを知ったナツメは悔しそうだったが、なずなにとっては、ナツメがこの体型で有り難かった。マリンのスケスケのネグリジェでは、こんな風に気軽にアパートの中を歩く事は出来なかっただろう。

廊下を行くと、右手にはキッチンがあり、左手には引戸が二つある。片側の戸を開けると、洗面所と風呂場があり、もう一つの引戸がトイレだ。
洗面所で顔を洗い終え、ふぅ、と一つ息を吐くと、フウカがやってきた。ふぁ、とあくびを噛み締めて「おはよ」と言う彼に、なずなは目を瞬いた。フウカは寝起きからしゃんとしているんだろうなと、勝手に思い込んでいたが、頭はボサボサで、こんな風にあくびをしながら話す事もあるんだなと、彼の意外な一面が見れて、少し得した気持ちになった。
なずなが「おはようございます」と応じると、目を擦っていたフウカは驚いた様子で目を見開き、勢いよく後退った。

「す、すみません!ナツメ君かと思って、」

きっと、服と背格好だけでナツメだと判断したのだろう、寝ぼけ眼では、確かに間違う事もあるかもしれない。
慌てて洗面所から出ていこうとするフウカに、なずなは慌てて呼び止めた。

「え、こちらこそ、お先にすみません!フウカさんどうぞ!」

呼び止められ振り返ったフウカは、ボサボサの頭をそのまま、顔を真っ赤に染めて、うろうろと視線を彷徨わせている。なずなは顔を洗っていただけなので、今更見られて恥ずかしい事もない、すっぴんを見られてはいるが、普段からばっちりお化粧をしてる訳でもなし、雑草取りで汗をダラダラ流していたり、泣き顔や失神した顔も見られている。フウカに対して少なからず好意を寄せてはいるが、それでも、まぁ今更仕方ないと、開き直ってしまうのがなずなだ。
だが、フウカは少し照れくさそうだった。

「すみません、朝はそんなに得意じゃなくて…」
「え?誰より早起きなのにですか?」
「僕が起きないと、皆の一日が始まらないので」

まるで一家の母親だ。苦笑うフウカに、なずなは瞳を輝かせた。

「私、通いに戻ったら、朝は少し早く来ますよ」
「え?」
「料理はまだダメですが上達させます!それ以外もしっかりやりますから、朝はお任せ下さい!そうしたら、フウカさんも少しはゆっくり出来るでしょ?」

少しでもフウカの力になろうと、熱を込めて言うなずなに、フウカはまだ寝癖をつけながらも、いつものように微笑んだ。

「ありがとうございます、よろしくお願いします」
「はい!」

二人のやり取りを遠巻きに耳をそばだてていた春風は、うんうん、と頷いた。

「いい傾向だね」







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

さて、ここは異世界?

ゆう
ファンタジー
───ここ、フェリバは静かな街だった。 しかし町外れの丘にナニカが落ちてきたことによって、その静けさは一変した... 更新遅くなると思いますがよろしくお願いします。 ファンタジーもの初挑戦です!

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか

砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。 そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。 しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。 ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。 そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。 「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」 別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。しかしこれは反撃の始まりに過ぎなかった。 

後宮にて、あなたを想う

じじ
キャラ文芸
真国の皇后として後宮に迎え入れられた蔡怜。美しく優しげな容姿と穏やかな物言いで、一見人当たりよく見える彼女だが、実は後宮なんて面倒なところに来たくなかった、という邪魔くさがり屋。 家柄のせいでら渋々嫁がざるを得なかった蔡怜が少しでも、自分の生活を穏やかに暮らすため、嫌々ながらも後宮のトラブルを解決します!

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

朔夜蒼紗の大学生活⑤~幼馴染は彼女の幸せを願う~

折原さゆみ
キャラ文芸
朔夜蒼紗(さくやあおさ)は、大学で自分の知り合いによく似た女性を見かけた。しかし、自分の知り合いが大学にいるわけがない。他人の空似だと思っていたら、その女性が蒼紗のアルバイト先の塾にやってくる。どうやら、蒼紗と同じように塾講師のアルバイトとして採用されたようだ。 「向井陽菜(むかいひな)です。よろしくお願いします」 当然、知り合いの名前とは違ったが、見れば見るほど、知り合いに似ていた。いったい蒼紗の知り合い、「荒川結女(あらかわゆめ)に似たこの女性は何者なのだろうか。 塾のアルバイトをしていた蒼紗だが、雨水に新たなバイトをしてみないかと誘われる。どうやら、この町に能力者たちが加入する組合なるものがあるらしい。そこで一緒に働かないかということで、蒼紗は組合のもとに足を運ぶ。そこで待ち受けていたのは……。 「この写真の女性って、もしかして」 組合でのアルバイト面接で見事採用された蒼紗は、さっそく仕事を任される。人探しをするという内容だったが、探すことになったのはまさかの人物だった。 大学二年生になっても、朔夜蒼紗に平穏な大学生活は訪れないようだ。 ※朔夜蒼紗の大学生活シリーズ第5作目となります。  ぜひ、1作目から呼んでいただけると嬉しいです。   ※シリーズ6作目の投稿を始めました。続編もぜひ、お楽しみください。  朔夜蒼紗の大学生活⓺(サブタイトル、あらすじ考案中)  https://www.alphapolis.co.jp/novel/16490205/439843413  

甘い誘惑

さつらぎ結雛
恋愛
幼馴染だった3人がある日突然イケナイ関係に… どんどん深まっていく。 こんなにも身近に甘い罠があったなんて あの日まで思いもしなかった。 3人の関係にライバルも続出。 どんどん甘い誘惑の罠にハマっていく胡桃。 一体この罠から抜け出せる事は出来るのか。 ※だいぶ性描写、R18、R15要素入ります。 自己責任でお願い致します。

狗神と白児

青木
キャラ文芸
【あらすじ】 人と妖が営む和王国。かつては呪力を用いる隣人だった両者は、いつしか対立し、争いを繰り返すようになった。やがて〈禁令〉という両者間での殺し合いを許さない法令が敷かれ、人は現世で、妖は常世で、結界という壁を隔てて暮らし始める。そして、人は科学を頼るからか呪力を失っていき、妖は作り話の住人として語られるようになった。 そんな時代、「人ならざるモノ」を察する、満月の晩に赤く光る奇妙な右目を持つ泉という名の少女がいた。小さな村で墓守りの子として生まれ育ったが、父を一昨年に、母を昨年に亡くしたという不幸が続いた上、連日降る大雨のせいで氾濫しそうな川を鎮める為、生贄として選ばれる。身寄りの無い穢れた異端児を厄介払いしたいという意味合いだった。 川に投げ込まれて瀕死状態の泉と出くわしたのは、犬の頭と人の体を持ち、左手に勾玉の刺青が刻まれた男。男は泉を、人でありながら妖のような呪力の持ち主である稀代の〈神宿り〉と見抜き、従者――〈白児〉として迎えると言い、二人は一つの契約を交わす。男の名は斑、狗神という古い妖である。 泉は「シロ」という通名を与えられ、先に仕える大福という名のすねこすりも住む斑の家で共に暮らすこととなる。しかしシロは、命の恩人である斑の、あまりにも真っ直ぐな善意が、どこか理解し難く、中々素直に受け入れられない。それは自分達の生まれが違うせいなのだろうか……? 不器用ながらに心を通わせようとする、狗神と白児を軸とした物語。 この作品は、とあるコンテストに応募して落選したものです。加筆修正や設定の練り直しを施して連載します。 コンテスト応募時の原稿枚数は120枚(10万字超え)で第一章として一応完結していますが、続きも書きたいです。

処理中です...