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しおりを挟む「凄いなぁ、マリリンさんは」
「え?」
「優しくて、強くて、こんなにキレイで、誰からも必要とされてて。格好いいなって憧れます」
照れくさそうに言うなずなに、マリンは口元で笑みを作りながらも、その表情はどこか寂しげに揺れた。
「そんな事ないわ、私は、妖の世から逃げてきたんだから」
「え?」
「今も、人の世で隠れて暮らしてるのよ、どうしても目立っちゃうから、春さんに頼んでまじないを掛けて貰ってるの。お陰で私は、正体を晒せる妖以外には、マリンであってマリンじゃなく見えてるみたい。マリンっていう妖を、マリンだと認識させないんですって。さすが神様よね。だから今、追いかけられずに済んでいるわ」
微笑むマリンからは、「逃げてきた」なんて言葉は似合わず、人の世に来た予想外の理由に、なずなは驚き困惑していた。
「…あの、どうして追われてるんですか?あ、聞いてはいけないなら聞かなかった事にします…!」
「ふふ。いいえ、共に居るなら、知っていて貰った方が良いかもね」
そう言って、マリンは右の手の平を上向けた。次第に、その手が水のように透き通っていくと、掌から蓮の花のような、桃色の花が咲いた。
「わ…花?どうなってるんですか…?」
その美しさに見惚れそうになったが、掌から花が咲くとはどんな仕組みかと、頭が軽く混乱する。妖とは、こんな事も出来てしまうのか。
「この花はね、命の花。遠い昔に、この花を求めて水の国で争いが起こってしまって。私は命令により、この花を持って国を出たの」
「命令?」
「これでも私は、一国の王女だったのよ?」
驚いちゃうでしょ、なんて言われたが、驚くより納得してしまった。どこか気品があり、圧倒するオーラがあるのはそのせいかと。そう思えば自然と背筋が伸びてしまい、そんななずなにマリンは笑った。
「いいのよ、昔の話。普通にして。私ね、女の子の友達がずっと欲しかったの。この花を生まれ持ったせいで、誰とも対等になんてなれなかった…皆、この花を欲して恨んで、私と仲良くしてくれる妖はいなかったから」
言い掛けて、ふとマリンは思い出したように口元を緩めた。
「…いえ、いたわね一人。私を守って、人の世に連れてきてくれた妖が」
「友達…恋人?」
「ふふ、だったら良かったけど。残念ながら護衛の騎士よ。いつも口うるさくて…あの妖だけだった、私を個人として見て、本心で接してくれたのは。今は、ここのアパートの皆もそうだけどね」
マリンは笑ってもう片方の手を重ね、花を隠す。次に手の平を見た時には、その花はもうなかった。
「それ、どうなってるんですか?」
「私の体の中に無くてはならないもの。言葉通り、命の花。これが無ければ私は死んでしまうけれど、この花は生き続ける。枯れればまた次の王族の子に受け継がれるの」
それを聞いて、なずなはぞっとした。マリンの中に花があるからでも、自然と受け継がれていくからでもない。
「…それを欲する人がいるって、」
マリンの命は、どうなるのか。
「命の源には、他者が触れれば絶大な力が得られると言われているのよ。試した事はないけどね、そういった昔話を信じる者がいる。だから国は、どの時代も脅威を抱えていた。今あの国は平和よ、私がいないからね」
笑うマリンに、胸が苦しくなる。自分がいないから平和なんて、そんなおかしな話はない。そんな風に、自分を厄介者みたく思って欲しくない、マリンがいなければ、自分はどうなっていたのか分からないというのに。
なずなは、勢い込んでマリンの手を握った。
「でも、ここにはマリリンさんが必要ですよ!私、マリリンさんに助けて貰ってばかりです、居てくれて良かったって、感謝する事ばかりです!」
花の消えた手を握って、どうか寂しい事は言わないでと、マリンは必要なんだと伝わる事を祈った。
マリンの手は冷たく、その表情は驚いていたけれど、次第に緩められた頬はとても優しく穏やかだった。
「…ありがとう」
まだ出会ったばかりだけど、何もマリンの事は分からないけど。
過酷な立場に追いやられてしまったマリンに、自身の事を諦めて欲しくない、その願いだけは嘘じゃない。
「私は、マリリンさんが大好きです」
「ふふ…来てくれたのがなずちゃんで良かったわ。ハグしていい?」
言いながら、華奢な腕に抱きしめられる。マリンの体は、ひんやりとしていたが、不思議と、とても温かかった。
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