メゾン・ド・モナコ

茶野森かのこ

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一人赤面してるなずなには気づかず、「さっさと行くぞ」と歩き出すギンジ、皆もそれに続こうとした時、「あ!」と、なずなは声を上げた。

「どうしたの?なずちゃん」
「…部屋の鍵どうしよう、開けっ放しで…」
「それはいけませんね」

すると、マリンが名案とばかりに手を叩いた。

「じゃあ二手に分かれましょ」
「じゃあ、俺はー」
「ナッちゃんはこっち」

そう言って、マリンはナツメをひょいと抱き上げた。猫の姿なので、ナツメはすっぽりとマリンの腕の中に収まってしまう。

「え!なんでだよ!」
「だってー、私を守ってくれるナイトはいないじゃない?」
「マリンなら、一人で十分強いだろ!」
「あら?私なんか、排水口に流せば一発よ?」
「……」

「よく言うぜ」
「怖い事言うなよ…!」

正反対な言葉を重ねるギンジとナツメ。きょとんとしているフウカとなずなに、マリンはにこりと笑って振り返った。

「フウちゃん、なずちゃんをよろしくね」

そう美しく微笑むマリンだが、蠢く水の髪はギンジの首を狙っている。まるでメデューサの髪のようで、狙われていないナツメまで顔を引きつらせていた。怯え歩く二人の姿を苦笑いで見送ると、フウカも体の向きを変えた。

「…行きましょうか、こっちですよね」
「は、はい、あそこの古いアパートです」
「了解です」

なずなを気遣ってか、フウカはゆっくり歩いてくれる。フウカの背中は、思いの外広くて逞しい。細身なので、勝手に華奢だと思っていたが、今は男の人だと感じずにはいられない。そうなれば、また心臓が全身に響いてしまいそうで、なずなは気持ちを切り替えるべく、慌てて口を開いた。

「あの、すみません、ご迷惑をおかけして」
「良いんですよ、それに、それはこっちの台詞です」

そうしてアパートにやってくると、「ちょっと中の様子見ていいですか」とフウカが言うので、なずなは頷いた。

「わ、酷いなこれは…」

「お邪魔します」と言って、フウカは少しドアを開け、ざっと中の様子を窺っているようだ。それから、玄関に上がって電気をつけると、部屋の中へ足を踏み入れた。

「…大丈夫そうですね、他に妖はいないみたいだ」
「良かった」

とはいえ、明かりの下で見ると、改めて部屋の状態に絶句する。

「惑わす為ですかね、こんなに散らかさなくてもいいのに」

フウカはなずなの気持ちを代弁してくれるようだ。なずなが苦笑いながら頷けば、「後で片しにきましょう」と、フウカは玄関に向かった。

「鍵しめますね」
「ありがとうございます」

なずなが鍵を渡すと、片手でなずなを背負ったまま、フウカはドアに鍵をかけてくれた。

「…すみません何から何まで、…それに重たいですよね」
「はは、軽いもんですよ。なずなさんは気にしすぎです」
「…フウカさんは、優しいですね」
「そうでしょうか?持ち上げても何も出ませんよ」
「事実です!…きっとモテるんだろうなと」
「…そういうものは、僕には関係のない話ですから」
「え?」

今、フウカの声色が変わった気がしたが、すぐにフウカは顔を上げ、困った様子で眉を寄せた。

「あの部屋にいるのは危険ですね。暫くはうちのアパートに泊まって下さい。もう危ない事がないよう、僕らでお守りしますから、安心して下さいね」
「あ、ありがとうございます…」

覗いたフウカの横顔は、優しい笑顔を浮かべている。なずなはほっとしつつも、先程感じた、どこか冷めたような声が気になった。

フウカはいつも物腰柔らかく穏やかだから、彼を取り巻くものも、優しく穏やかなもので溢れていると勝手に想像していた。
一体、フウカに何があったのだろう。そう思っても、そんな事聞ける筈もなく、温かなフウカの背中の上、なずなは少しばかりのショックを気取られないように、何気ない会話を繰り返した。



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