14 / 75
14
しおりを挟む妖といえども、人間の世界で暮らしている以上、働かなければ生きていけない。
フウカはキッチンカーでサンドイッチの販売、ナツメはアイドル、ギンジは隣駅の商店街で働いてるらしいが、なずなには何の仕事をしているのか、教えてくれなかった。
マリンは訳ありのようで仕事をしておらず、春風は一応神様であり、アパートの管理や妖達の保護をしているので、秘密の援助があるらしい。
ハクは見た目は小学生だが、妖と人間では成長の速度も、生きる長さも違う。学校に通えば年齢に合わせて見た目を成長させていかなくてはならないので、人の世に来た子供の妖が学校に通う事はほとんどないという。
それに、ハクは人の世に避難してきたようなものらしく、心の養生も兼ねてゆっくりしているのだそうだ。
朝食を終えると、なずなは慌ただしく出て行く仕事組を見送る為、玄関に向かった。
「何かあったら、いつでも連絡下さいね。すぐ帰ってきますから」
「ありがとうございます」
フウカは毎朝、こうやって声を掛けてくれる。この一言があるかないかで気持ちは随分変わる、頑張ろうと思える。職場にこういった元気をくれる人がいると、心強い。なずなは笑顔で頷いた。
「気をつけて下さいね」
「はい、行ってきます」
フウカは爽やかに微笑み仕事に向かった。玄関のドアが閉まり、なずなが小さく気合いを入れていると、
「あらあら~ちょっといい感じ~?」
と、耳元で声が聞こえ、なずなはぎょっとして振り返った。いつの間にか、顔を寄せる程近くにマリンがいた。彼女はこれ程目を惹く存在なのに、気配を消すのが上手い、それもマリンが人ではないからだろうか。
しかし、今なずなが重きを置くのは、マリンの体質の事じゃない。
「ち、違います!そういうんじゃありませんから!」
フウカとの仲を勘繰るマリンへの訂正だ、恐らくマリンはからかってるだけだろうが、フウカの名誉の為にも、ちゃんと否定しなくては。
確かに、ちょっと心が揺らぎそうではあるが。
慌てて否定するなずなをどう見たのか、マリンは、ふふ、と笑い、靴箱から華奢なサンダルを出した。
「お出かけですか?」
「ちょっとお散歩」
そう言う彼女の姿は、まるでネグリジェと見紛う程セクシーなワンピース。普通のワンピースではあるので、外で着れない服ではないが、マリンが着るとなると、何故か目のやり場に困ってしまう。
「…ちょっと大胆過ぎませんか?」
「そう?」
「今日は暑いですから、せめて羽織るものありませんか?綺麗な肌が傷ついちゃいますよ」
「私は水だから平気よ」
「でも、」
「水だって茹ったら大変だ。倒れちゃうかもって、ハク君も心配してるよ」
新たな声に振り返ると、やって来たのは春風で、彼はマリンの肩に薄めのカーディガンを、首にはストールを掛けてあげている。春風の足元にはハクの姿もあった。
「あら、それじゃ着ないわけにいかないわね」
春風の後ろに隠れてるハクは、マリンの微笑みに照れている様子だ。
「日傘を忘れずにね。あまり遠くへ行ってはいけないよ」
マリンは、「分かってるわ」と微笑みを残して玄関を出て行く。その後ろ姿は、まるで映画のワンシーンのようだ。行ってらっしゃい、とマリンを送り出した後、なずなは少し意外そうに春風を見上げた。
「なんだい?今失礼なこと考えてたでしょ」
「こういう所は優しいんですね、普段ものぐさなのに…」
「君、今僕が言った事聞いてた?失礼な事考えてるって察してるのに、なんでそのまま言っちゃうかな」
「マリリンさん、どこか具合悪いんですか?」
「僕の意見は完全にスルーだね。彼女はちょっと訳ありなんだ、体調は…今はそんなに悪くない筈だよ」
「じゃあ、僕も出てくるね」と言って下駄を突っ掛けた春風を、なずなは慌てて引き止めた。
「待って下さい!また逃げるんですか?」
「なんだい、人聞きの悪い」
「フウカさんのお願い、まだ聞いてないですよね?草むしりするって話」
途端に春風は苦い顔を見せた。何の相談もなしに突然なずなをアパートに引き込み、皆を戸惑わせた罰として、春風はフウカから、庭の草むしりを命じられていた。
「昨日だって、出かけるって言いながら公園で寝てましたよね?暇なら手伝って下さい、草むしり!」
なずなが微笑んで軍手を差し出す。その姿に、春風は僅かに目を瞪った。
息を飲む気配に、なずなはきょとんとして春風を見上げた。
「春風さん?」
なずなが声を掛けると、春風は我に返ったように帽子を被り直し、それから、どこか懐かしそうに頬を緩めた。
「君、神様に労働させるとは…きっと罰が当たるよ」
言って軍手を受け取った春風に、なずなも表情を緩めた。
「その分、私もしっかり働きますから!約束は守るって言ったじゃないですか」
「そうだけどさ…全く逞しいねぇ。あ、洗濯や掃除はいいの?」
「洗濯は終わりました。掃除は午後に回します。午前中に草むしりやっちゃった方がいいと思って」
「なるほど」
話の矛先を変えたという事は、なずなの目を盗んで逃げるつもりだったのかもしれない。すっかり怠け癖が着いているようだ。
そこへ、二人の話を聞いていたハクが、春風の着物を掴みながらおずおずとなずなを見上げた。
「あの…僕もお手伝いしたい」
「本当?」
なずながしゃがむと、ハクはまた恥ずかしそうに春風の足に隠れたが、それでも小さな口を懸命に動かしてくれる。
「たまに、フウカと一緒に草むしりしてたから」
「そうなんだ、偉いなー!じゃあ今日もお願いしていい?」
「…はい!」
パッと花開くようなハクの可愛らしい笑顔に、ほっと心が癒されるようだ。その隙に逃げようとする春風の着物を、なずなは寸でで引き止めた。
「ハク君も手伝ってくれるなら、すぐに終わっちゃいますよ!」
「…はいはい、分かったよ」
春風はようやく諦めたのか、苦笑って頭を掻いた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
孤独な少年の心を癒した神社のあやかし達
フェア
キャラ文芸
小学校でいじめに遭って不登校になったショウが、中学入学後に両親が交通事故に遭ったことをきっかけに山奥の神社に預けられる。心優しい神主のタカヒロと奇妙奇天烈な妖怪達との交流で少しずつ心の傷を癒やしていく、ハートフルな物語。
心に白い曼珠沙華
夜鳥すぱり
キャラ文芸
柔和な顔つきにひょろりとした体躯で、良くも悪くもあまり目立たない子供、藤原鷹雪(ふじわらのたかゆき)は十二になったばかり。
平安の都、長月半ばの早朝、都では大きな祭りが取り行われようとしていた。
鷹雪は遠くから聞こえる笛の音に誘われるように、六条の屋敷を抜けだし、お供も付けずに、徒歩で都の大通りへと向かった。あっちこっちと、もの珍しいものに足を止めては、キョロキョロ物色しながらゆっくりと大通りを歩いていると、路地裏でなにやら揉め事が。鷹雪と同い年くらいの、美しい可憐な少女が争いに巻き込まれている。助け逃げたは良いが、鷹雪は倒れてしまって……。
◆完結しました、思いの外BL色が濃くなってしまって、あれれという感じでしたが、ジャンル弾かれてない?ので、見過ごしていただいてるかな。かなり昔に他で書いてた話で手直ししつつ5万文字でした。自分でも何を書いたかすっかり忘れていた話で、読み返すのが楽しかったです。
アルテミス雑貨店~あやかしたちの集まる不思議な店
あさじなぎ@小説&漫画配信
キャラ文芸
片田舎の商店街の一角に、イケメン店員がいると噂の雑貨屋がある。
「アルテミス雑貨店」
それがお店の名前だった。
従業員は3人。店長と店員と学生バイト。
だけど店長は引きこもりで出てこない。
会えたら幸せになれるなんて噂のある店長、笠置(かさぎ)のもとにはおかしな客ばかりが訪れる。
そんな雑貨屋の、少し不思議な日常。
※むかーしなろうに投稿した作品の改稿版です
※イラストはフォロワーのねずみさんに描いていただいたものになります
踊り子と軍人 結託の夜
茶野森かのこ
ファンタジー
「この薬を飲めば、人生をやり直す事が出来ます」踊り子の彼女が自分を生きる決意をする、その場面のお話です。
とある国のとある街。ある夜に、踊り子をしている彼女の元へ、軍人の青年が訪ねてくる。
彼女には、秘密があり、自分を生きる事をやめた過去があった。
そんな彼女に軍人が提案したのは、人生をやり直す薬と、結婚だった。
彼女がもう一度、今の自分のまま生きる決心をする、その場面のお話です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる